こんな記事を読んだ。全文引用します。

「二百十日の土俵、途切れぬ介護 教員辞め3年、母見失った夜」

【蓑輪村】

蓑輪村栃谷地区で8月30日夜、二百十日を前に風を鎮める「風の三郎社奉納相撲」の土俵づくりが行われた最中、母を自宅に残していた元小学校教諭の杉浦圭介さん(57)の家から、認知症の母トヨさん(89、要介護3)がひとりで姿を消した。約40分後、集落から850メートル離れた吊り橋のたもとでうずくまっているのを隣人が見つけ、けがはなかったが、3年前に教職を辞めて母を介護する道を選んだ杉浦さんに、改めて重い問いを突きつける夜になった。

風の三郎社奉納相撲は台風襲来の時期にあたる二百十日の前後、集落35戸が総出で土俵を作り、稲の無事を祈って続けてきた行事だ。杉浦さんは蓑輪村立栃谷小学校で33年間教壇に立ち、2023年春、当時要介護1だった母の症状悪化を機に早期退職した。「土俵の砂を運んでいる間、目を離したのはほんの数分でした」と杉浦さんは振り返る。妻の悦子さん(54)はパートの合間に駆けつけ、「あの人が教員を辞めてくれたから何とか回っている家です。でも本音を言えば、まだ現役でいてほしかった」と複雑な胸中を明かした。

母を見つけた隣人の荒木仙太郎さん(78)は、「昔の教え子の顔まで覚えとる人が、家の前の道すら分からなくなる。信じられん気持ちだった」と話す。地区長の桐山常雄さん(73)によると、栃谷地区の35戸のうち16戸が独居か老老介護世帯で、村内で介護を理由に離職したのは杉浦さんで4人目という。訪問介護は週2回入るが自己負担は月2万8千円に上り、特別養護老人ホームまでは片道17キロの山道を要する。

総務省の2022年就業構造基本調査では、介護・看護を理由とした離職者は年間約10万6千人にのぼり、うち男性は3割弱にとどまるが、地方の中山間地では担い手不足から男性の離職が目立つとされる。千歳野大学の桐生淳教授(社会福祉学)は「都市部なら在宅サービスや施設で補える部分が、山間の集落では家族、しかも現役世代の男性に集中しがちだ。行事の存続と個人の介護離職が同じ地域課題の裏表になっている典型例だ」と指摘する。

9月1日、予定通り奉納相撲は営まれ、杉浦さんは行司役を務めた土俵の脇で母の車いすを押した。人手は例年より2人減ったが何とか神事は終えられたという。それでも、母がいつまた家を出るか分からない不安は消えない。杉浦さんは土俵を片づけながら、絞り出すように語った。「教員を辞めたことに後悔はないと言いたいんですが、正直、まだ分かりません。母を守れた代わりに、自分が積み上げてきたものを手放した実感だけが、ずっと消えないんです」」

台風の時期の伝統行事「奉納相撲」の土俵づくり中に、目を離したほんの数分の間に、介護していた89歳の母が家からいなくなった、という記事を読んだ。3年前に教員を辞めて介護の道を選んだ57歳の男性の話で、母は無事だったものの、改めて重い問いが残る夜だったらしい。

「教員を辞めたことに後悔はないと言いたいんですが、正直、まだ分かりません」という言葉が、きれいごとじゃなく本音として残っていた。