i drunk liquor shop 別館

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何に酔っているのか、、、音楽の事、ファッションの事、日々思ったり感じた事を戯言に。
アメリカ物、アメトラ、スケート、ピスト、HIPHOP、ネタ多めの予定。

Amebaでブログを始めよう!

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90年代かく語りき

 

正直言ってしまえば2000年代も今現在も超大好きで影響受けまくりな

日本のヒップホップ界での最高の異端児であり最高の王道

「Think Tank」

について今日は話そうかねー

 

僕がヒップホップにどっぷりハマった90年代中期に彼らの音楽に出会っていなかったら、ここまであーだこーだ語るような人間にはなっていなかったかもしれないw

とにかくドはまりした経緯を話していこう。

 

(あ、一応今回なんで番外編かって話なんですが、彼らの作品のほどんどが2000年以降なので、僕の影響受けた時系列からは90年代って話なんであしからず)

高校生にしてさんぴんCAMPや日本語ラップの洗礼を受けたわたくしは、もとはといえばUK物やグランジ等々様々な音楽を聴いていて既にいい意味でも悪い意味でも耳が肥えていたわけで、、

今で言ったらメンストリームだけど、当時で言ったらアングラなシーンの音楽に面白さを感じられなくなってくるわけです。

色んなブログで話した通り、ネットも無い時代。そこで新しい何かを求めるには飛び込まなければいけないわけです。

 

当時気軽に取り入れる方法としてはミックステープ。

シンゴ02の「緑黄色人種」の発売前にその存在を知ったのは、フリースタイルダンジョンでお馴染みのDJセロリのミックステープ。

USのアングラ多めの選曲の中のB面の最後に入っていた真吾保管計画にぶっ飛んだのは今でも覚えています、、。

で、ミックステープなんて試聴もできないし、何となく信頼できるDJの物とか信頼できそうなレーベルしか手が出ないんだけども

原宿の某ヒップホップ系の洋服屋で(多分TIPTOPだと思うKさん働いてたらしいし)

出会うんですあのテープに。

「Triple Five」

Think Tankの最重要人物「K-Bomb」のソロ、今でいうミックステープに。

これ、それに入ってた曲です。

気が付いた方はいらっしゃるかと思いますが、「Sweet 90's Blues」は彼がDABO氏SUIKEN氏と組んでいた

Channel5の曲名です。そのChannel5~Think Tankと繋がっていくんですが

このテープはニトロが生まれる前にDELI氏との例のポップコーンの曲をすでにやっていたりして

今思い出しても凄まじい内容なんです。このテープとの出会いが僕の音楽性を完全に位置付けてしまいました。

 

今ほど聞き取れないようなフロウではないKさんの声からは僕は勝手にレゲエを感じてしまい、ガラ声=レゲエという方程式によって新潟でダンスホールの扉を開いてしまうわけです、はいw

 

しかししかーしですよ2000年にリリースされた「Eat One」

これにより僕の音楽観は完全にイってしまったわけですよ、はいw

あとこの話聞いた時には本当に震えてしまった。

自分が最高だと思っていた人がここまで熱い男だったとは、、て。

 

この話でも語られているけど、彼らのスタイルは当時あまり日本に居なかったブートキャンプ的なルーズな感じで

なおかつカンパニーフロウ的アブストラクトとそれこそサイプレスヒル的な感じすらあったと思うんですよ。

 

ヒップホップは今や不良の音楽でもないし、カウンターカルチャーでもないんだけども

ヒップホップにしか出来ない不良性であったり、誰にも縛られない感覚。

そういうのを日本人で初めて提示してくれたのが彼らなのかなぁと思うんです。

 

アルバム「Black Smoker」で完全にシーンの最重要グループに到達。

まぁ捨て曲無しでただただ聞けっていう名盤です。

そしてどうしてもK氏に目が行きがちですが、サイドを固めるJ氏やB氏、N氏もやっぱマジでかっこよくて

最近のMCで言うとMU-TONなんかは完全にここの影響を受けていると思うんですけどねー。

カッコいいラップってなんで最近聴こえ無くなっちゃったんでしょうねー。

 

その後は常にアブストラクトな(いい意味でダラダラとしたw)スタンスをずっと続け

K氏は特にMIXが多すぎてw追いきれなくなっちゃって集めるの断念するんですがーw

グループ自体は2011年ぐらいに活動休止。

 

何年か前の金のリンゴで観たKさんのDJは超最高で、明け方まで首振ったもんだけど

正直本音を言ったらやっぱりラップが聴きたいなーと思ってしまう私でありますw

 

シンクタンクとフィッシュマンズはダブってアプローチで同類でどっちも好きっw

ていう僕の感想文みたいなお話でしたw

 

明日は秋冬物投入予定だよ!

また見てね!!

バイバイ!!

 

 

 

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90年代かく語りき

 

今日は並木橋の名店「Ready Steady Go!」のお話!

店主はアメリカ大好きで基本アメリカ物か日本のスモールブランドしか着ないってイメージ

実際合っているんですがw

UKレゲエが大好きで今でもクラークスのイングランド製を追い求めるブリティッシュラバーな側面もあるんです 笑

そのきっかけとなったと言っても過言ではないのがこのお店。

 

場所がわかんない方に簡単に説明すると

渋谷駅から明治通りを恵比寿方面に歩いて、並木橋の動く公衆トイレ(まだあるのかなぁw)を右折して

supreme代官山まで行かない辺りにあります。

悲しい事に今調べていたら実店舗は閉店しており、webのみだそうです、、悲しい、、。

 

中学、高校の頃、兄と一緒にブラーやオアシスを聴いていて、デーモンが着ているライン入りのフレッドペリーを探し求め

たどり着いたのがこの店でした。

当時もUKをメインに置いている店はそんなに多くなくて、裏原にあった「Perv」ぐらいでしたかねぇ

今思えばパーヴはパンクやカルチャー寄りで、レディステディゴーは正統派のブリティッシュスタイルって感じでしたね。

今もし行くのなら断然パーヴなんだけどもw だってマッシヴアタックのレコードにワールズエンド、マルコムマクラーレンとか

アキュパンクチュアーのスニーカーとか、絶対今好みなんですけどw

まぁ今日はレディステディゴーのお話なんでさておき

 

中学高校の自分にはかなり敷居が高かったと思います 笑 今思えば。

紳士服のお店って感じで、UK製のスーツとか、ジョンムーアのブーツにトリッカーズのウイングチップブーツ。

全部高くて手が出なくて、どれも憧れでドキドキしながら見ていた記憶。

そんなキッズたちに買いやすい値段で置いていてくれたのがオリジナルのロゴ入りアイテムで

今でこそそんなの誰でも作れるけども、あの当時からしたらドヤ顔で街を歩けたアイテムでした。

頑張って一万円ちょいするUK製のフレッドペリーが精一杯MAXだったけどもw 色々なブランドに囲まれてたっすねー

今は息子のブランドの方が有名なジョーケイスリーヘイフォードとか日本に上陸してダサくなる前のダファーとかもあったなぁ。

 

「さらば青春の光」だったり「トレインスポッティング」なんかを見てどんどん感化されるんだけど

背も高くなくてちょっと地黒で、太もも太くて足も長くない自分にはどうにも当てはまらないって気が付いてしまって

そこら辺のブランドをどんどん着なくなっていくんだよね。

大人になって、実際にロンドンに行ってみてわかったことだけど

アメリカよりもちょっと冷たい感じがして、空がどんより曇っているのに伝統的な街並みがくすんで見えないっていう

イギリス特有のイメージを目の当たりにした時には、あの頃聴いていた音楽や洋服たちが繋がった気がしたもんです。

 

この店が無かったらどうだったろうって考えます。

イギリスの音楽や文化、今みたいに抵抗なく触れることができたかなぁって。

僕はアメリカ古着全盛で猫も杓子もヴィンテージって時代を見てきた世代だけど、少し離れたところからそれを見ていて

こういう店の価値観なんかと比較しながら、自分の好きな物や自分に合う物を探し求めてきたから

ホント、いい意味でも悪い意味でも偏りない感じになったと思っておりますが

さて皆さんはどないなもんでしょうね?w

 

という感じで、UK寄りの大好きな曲を何曲かおいておきますねー

マニックが今聴くと一番泣けてきた

 

また見てね!!

バイバイ!!

 

 

 

 

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こんちわっす!!

 

お盆ムードじゃないはずなのに、来客が連日続いてブログ更新ができなかった店主です。

今日は終戦記念日

少なくとも日本にいて戦後に育った僕らはいつまでも考えなきゃいけないですね。

荒ぶる魂への鎮魂だけではなく、次に続く魂の為にも考えなきゃいけない。

そんな事を思いつつ

最近はサボり&真面目な語り口でつまらんブログになっていた感あるんでw

今日ははっちゃけましょうww

 

今日はね、お逝きになってしまったあのブランドのあのスニーカーについて語っていくよー

 

当ブログを一からお読みいただいている皆様には

店主のファッションに対する偏愛みたいのが伝わっていると思うんだけど

僕のスニーカー遍歴に合わせて、今履きたい、今なら一回り(三回りぐらい)していけるかもっていうスニーカーを語りますよー

 

まずね、僕が小学校5~6年生ぐらいにスラムダンクが連載スタートしてたの(DearBoysの影響もあり〼)

当時ってJリーグ開幕ぐらいだし、巷では野球の次はサッカー(自分の〇国分小学校には男子バスケ部もなかったw)

そんな時代に小生意気にコンズとかナイキのデルタフォースとか履きだしたのが僕のスニーカーバカの始まり 笑

で、中学に入ったらスニーカーは真っ白じゃないと駄目っていう縛りを受けるわけです。

これ今でも各学校に残っているのかなぁ?

白いスニーカーでどれだけお洒落できるか!みたいな成大な大喜利が始まるわけですよw

 

そこでわたくしがチョイスしたのが「トレトンのキャンバスナイライト」

ナイキ、アディダス、プーマにコンバース

そんな多くのメジャーブランドをチョイスせずにこれにしたのよw

JFKが履いていたとされる名品ナイライト。

今でこそたまにお見かけしますが(某S社でも扱ってたよね)当時中学生で履いていた奴は皆無。

この頃からもうへそ曲がり、天邪鬼体質が育ち始めますw

今見てもシュッとしたフォルムで良い感じなんだけどねー

 

そして高校時代は基本裏原の影響と当時のバンドブームの影響をめちゃ受けます。

裏原初期といえばそうですね、「ノースウェーブ」ですね 笑

高橋盾氏や藤原ヒロシ氏が履いているのを雑誌で履いているのを見るのですがまぁ売ってないわけですよ。

必死こいて探しても全然買えなくて、でもそんな当時にノースウェーブが新ラインを出すって記事を見て

探し回ったら、確か地元の千葉の市川周辺に売ってるところがあって

やっと買えたのがノースウェーブのクラブライン。

確かゴルフとかをモチーフにしていて、ゴルフクラブの刺繍が入っていたり、メダリオンが入ったウイングチップのアッパーだったり

個人的に惹かれるところが多くて愛用してましたねー

その後S社時代にメダリオン入りのシューズが大好きになってしまった理由はここにありますw

カンゴールのハンチングとか好きだったし、ポロとかに合わせてなんちゃってな感じでね(ゴルフ未経験者)

 

あ、あとリーボックの別ラインで「BOKS」とかも好きでしたねー

その頃裏原にちょっと飽き飽きしてくると少しだけモードなアプローチに行きたがる傾向あって

たしか当時APCのスニーカーを作ってたのかなぁ、それで兄弟で履いていたのが「Simple」

スケシュー的なのにスケシューじゃないあのルックスはイケてたなぁ。

あとなぜか最近復刻されても全く話題にならないPUMAのカリフォルニアも

確かCOCOBATのTAKE-SHITが履いてたから滅茶苦茶履いていた覚えがあります。

(今履いてもかっこよく履ける自身が全くないのでスルーしておりますがw)

 

で、大学入るとゴリゴリのB-BOY的なスタイルに完全移行しちゃうんですが

何故かこだわっていたのがエアフォースワンを履かないってことでw

みんなが真っ白のスニーカーと言えばフォースワンって時代に履いていたのが「K-SWISS」 笑

ケースイスの真っ白のクラシックにパタロハをオーバーサイズで着てドゥーラグってのが夏の定番でしたわw

バックパックはTripleFiveSoulの迷彩だったと思いますw

で、ひねくれが過ぎて、既存のB-BOYのオーバーサイズに飽き飽きしたころに履いていたのがTOPPERのフットサルシューズw

金髪の坊主にして55DIESELのブルゾンにリーバイスレッドとか合わせてたなぁ。

 

東京に戻ってきてからはやっぱ「TAS」だねぇ

大体の形履いた記憶。踵が取れるビートニック型のサンダルとか今考えるとめちゃ良かった。

TAS以外だとグラビスのSSZ別注みたいな形のも良く履いてた。スニーカーなのにモカシン縫い的な奴ね。

あとMADFOOTのMAD DAAM1は最高だったよねー

リフレクターはマジでクラブ映えしたし、あの頃はイケてるスニーカーをクラブで履きたかったから

APEのBAPESTAもめちゃ履いてたんだよねーKAWSモデルとかガシガシ現場で履いてライブしてた。

 

それでも基本はメジャーな物が嫌いで、できるだけスモールブランドや希少性は低いのに誰も履いていない

一周回ってもイケていないモデルもたくさん履いていたから今思えばホントにクセが強すぎたなぁw

「ブルックス」の真っ白なウォーキングシューズとかソールがビブラムだからって理由で履いてたし

 

今もスニーカーへの偏愛は強いんですが、正当な物とか王道を知ってね

大分大人になったんだなぁと思います(笑)

 

今手に入るかって言うと、希少性もないから値段も高くないけど

根本的に物として出てこないものが多くて、きっといつか忘れ去られちゃうんだろうなぁと思いつつ

今のスニーカーゲームとはまた違ったスニーカー愛みたいなものをちょっと思い出したくなった感じです。

で、TASのスニーカーは二足だけリカーショップで捕獲してますんで

サイズとフィーリングが合う方は是非お買い求め下さいませー

 

てな感じで

送料も今3,000円以上で無料とほぼほぼ無料のお盆キャンペーンやっておりますので

この機会に是非ー

 

また見てね!!

バイバイ!!

 

 

 

こんちわっす!

 

今日は表題の通り

海外のアーティストの中で一番影響を受けて

一番好きなミュージシャンである「Q-tip」について語っていくよー

自分が彼の音楽と出会ったのは多分高校の終わり頃だったと思う。

当時新しい音楽を知る手段はとにかく雑誌だ

ヒップホップ専門誌ならFRONT→BLAST、bmr、ロッキンオン

とにかく何かのレビューやらこのミュージシャンが今聴いてる三枚みたいな

そんな記事をひたすら読んで→レコード屋→試聴→購入

この繰り返しだ。いまこんなことやって音楽を買う人は皆無だが

何かの拍子で手に入れていたのがトライブのファーストだった。

ちなみにこのAfter Hoursという曲が僕の中での最上位のヒップホップスタンダード。

シンプルなビートにスクラッチ、疾走感、今も変わらず最高の曲

 

後にも先にも皆が言うトライブの名盤というのは2ndと3rdで二分される。

それでも今でも僕は相変わらず1stだ。

まず初めて聞いた彼の声に驚かされる。この衝撃がこびりついて離れないのだろう。

鼻が詰まったような甲高い声、なのにキンキン言うような感じは皆無だ。

それでいてまとわりつくような粘り、話しかけているような自然体のラップスタイル

それまで聞いたどこの誰のラップにも似ていなかった。

 

自分でラップを始めた時もまずは人のモノマネからスタートしていた

誰かに似せていきながら自分のスタイルを追い求めたものだが

Q-Tipはオリジナリティの塊でしかなかった。

古いラップスタイルという意味で考えていけば、カーティスブロウやケインなんかも十分オリジナル。

しかしTipは黒人特有の太く厚みのある声とは全く対局に居て、特有の倍音、音域が広く厚みがある感覚

この感覚がどこの誰にも当てはまらず圧倒されたのだ。

 

昔は今のように気軽にYouTubeが見れるわけではないので

どんな姿形かはわからないその声にひたすら頭を振るしかできなかったのだが、、

のちのちしっかりと判明したそのルックスからも鼻息荒くラップするような印象はなくスマートだった。

 

実際にクラブやイベントで沢山曲を聴く、レコードも沢山買って

DJにひたすらインストをかけてもらってひたすらラップの練習

そんな時期でも、ふとフロアで流れるトライブの中にTipの声が聞こえると

まるでご褒美をもらった動物のようにはしゃいで踊り狂ったのを覚えている。

 

トライブの1stアルバムの次に好きなのは「The Love Movement」なのだが

Tei Towaをの楽曲をサンプリングというのにも震えたこの曲

 

この頃から彼の音楽的センスやアプローチに着目して聞くようになっていた。

Tipは自分の家の火事がきっかけで多くの貴重な音源を焼失しており、そんな中でアプローチしていく音楽性は

他人が何といおうが僕にはとても最先端で、正しい進化のように思えたのだ。

 

ソロになってからの彼も僕は好きだ。

トライブのあの頃のあの感じを求める人間達にはどうしてもコレジャナイ感があったようだが

自由で奔放さが増したスタンスはすべて、なるべくしてなったものだ。

時代も変わり、一番良い時代と言われた後に、一人音楽をアプローチしていくのは苦悩の連続だったに違いない。

だが彼には唯一無二の天性の声がある。もしかするとそれは彼にとっては呪縛だったかもしれないけれども。

 

2016年に盟友ファイフを亡くし、トライブも長い旅を終える。

 

2018年にTipはニューヨーク大学の芸術学部でジャズとヒップホップを教えて始めたらしい。

 

彼もまた新しい音楽の旅路につく。

そこからまた新しい音楽が紡ぎだされたり、そのつながりから彼を色濃く受け継いだ新星が現れるかもしれない。

そんなイマジネーションを爆発させながらこうして彼の曲を聴くと

僕が一番の影響を受けたのは彼なのかもしれないと納得してしまうのだ。

 

それじゃー今日はここまでー

 

また見てね!!

バイバイ!!

 

 

 

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こんちわす。

 

昨日おとといはちょっとお休みいただいて

フェスやら、親戚が来たりとかでちょっとお休み気味でしたが

基本9連休とか関係ねーぞ!!ってことで

 

前回同様適当に貼り付けてまいりますー

今回は自分の思う音楽的に(文学的にも)良い意味で反社会的に感じる奴ー

しっとりでは終わらせないぜー

明日からは普通のブログにもどるよーw

 

また見てね!!

バイバイ!!

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こんちわっす。

 

表題の通り

暑すぎるんで色々しんどいですよね、もう本当しんどいw

今日はサボりブログです 笑

何がサボりかって言ったら

「色々張り付けるけど感想とかそういう文章一切乗せねーからな」笑

っていう意味でサボりますw

ではではー、新しめ多めだけど新旧問わずな感じ、プレイリスト的に楽しんでねー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな感じっす!!

暑いから熱中症に気を付けてねー

お盆休み始まるからって調子乗りすぎるんじゃねーぞ

 

それじゃ最後に週末とか休み前のウキウキ感を感じながら

また見てね!!

バイバイ!!

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新企画ー

 

僕にとってのアイドル的存在

直接会ったら緊張して喋れない

ライブとかあったら大声で吠えちゃう

2ショット写真が欲しくなるぐらいの存在

そんな様々な分野のアーティストを完全に僕の独断と偏見で取り上げていくコーナーw

てことで

栄えある第一回は

 

「Twigy」

BEATKICKS、MicrophonePager、雷

言わずと知れたヒップホップレジェンド。

僕が初めてラップに触れたのはスチャダラパー

それ以降聴くのは必然的にスチャダラが物差しになるから

どうしてもちょっとごりっとした声質や、いかにも日本語感が強すぎるラッパーは苦手だった。

そんな中でツイギーのラップは全く別次元に聞こえた。

 

さんぴんCAMPで正直ブッダ以外はどれも全然良くなくて(高校生の頃は石田さんとかYOUの兄貴は苦手だった)

マス対コア、証言、どれを聴いても耳に残るこの声の主は誰だ!?

それがツイギーとの最初の出会い。

幸いなことにソロの1stアルバムはリアルタイムでゲット。

最も優れた日本語のラップアルバムといっても過言ではない名盤『AL-KHADIR』である。

 

まずジャケ、良い色、洗練された雰囲気、パッケージを開けるといい匂いがした。

彼自身のイスラム教徒としての精神性がビジュアルからもうかがえた。

一曲目から漂うどこの国かわからない音楽、多国籍で無国籍

圧倒的な存在感のBEN THE ACE氏のビート、そこをまさにヒップにホップするというのはこういうことか

ツイギーの甲高い声は楽器のようで、音楽的に聞こえるのに確実に言葉が脳に刻まれていく

なんだこの感覚は!と、聞き惚れた。

 

さて、昨日ひっそりとリカーショップに入荷させた『AL-KHADIR』

 

 

のアナログ盤

かれこれ20年以上の年数が過ぎたというのに、僕はこれ以上コンセプチュアルなラップアルバムを日本では知らない。

是非購入して一聴していただきたい。

 

ライブは確かその1st以降は新潟で一回だけしか観ていない記憶だが、とにかくどこにいても勝手に声が耳に入ってきて

否が応でも届かせてしまう。断片的な言葉が意味不明でもどこか繋がって聞こえてきて、まるで暗号を解き明かしている最中の脳の中のようなラップだなと思ったことがあったな。

 

1st以降は徐々に徐々にその甲高い声からつぶやくような、さしゃくようなウィスパーなラップに移行していく。

沢山ソウルやジャズやファンクを聴いてヒップホップで育った世代はどうしても

ニュークラシックソウル的なアプローチや、オーガニックなテイストに流れがちだ

彼もその流れの通り、いかにもBな風貌から一変、細身のフレアパンツやライダース、髪も伸ばしとてもラッパーには見えない。

ナンバーナインの洋服に身を包みPrefuse73のビートにさらにアブストラクトなラップをしていった。

特に「Twigy al salaam」に変名してからは顕著だった。そのスタイルはジャジーに没頭していく。

我々90年代を知る世代、特に音楽的にブラックミュージックに信仰が深い人間の場合

必ず、どうしてもここに敵わないと思えてきてしまう存在のアーティストが何人かいることは確かだ。

またヒップホップのルーツであるソウルやファンクやジャズの根本にたどり着いてしまった際に、ヒップでホップすることができなくなることもあるだろう。

僕の場合はキザイヤジョーンズがそれだったりして、人によっては、マイルス、コルトレーンであったり、ディアンジェロであったり、フェラクティであったり、はたまたロジャーであったり、ボブマーリーが残したもの達だったりする人もいるだろう、、、。

日本である一定の成功を収め、土着ではないにも関わらず、俗にいう本場に負けないサウンドを作り上げてきたアーティスト達が

どんな音楽の旅をしながらどこにたどり着くのか。ツイギーの変化を僕はそのように受け入れるようにしている。

彼の音楽という旅を作品によって追体験させてもらっているのだ、と。

そう考えると、初期が良い、後期はだめだ、最近のは賛否両論だなんて他人の批評がどうでも良くなってくるのだから。

 

彼は緑のイスラムの文様を身にまとった旅人

その旅に、同じ時代を生き寄り添って暮らしていけることが僕にとって嬉しいことで

今振り返ると彼は僕にとってのアイドルなんだけれども、今の時代で言うアイドルとはやっぱり違っていて

このタイトル果たして合ってんのかなぁwと心配になるんだけどw

 

てな感じで今日はここまで。

また見てね!!

バイバイ!!

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90年代かく語りき

 

 

今日は「NGAP」のお話だよー

 

前回の渋谷系からリンクする裏原宿。

その中でも現スコロクト、ネヌジーエーピーには個人的に凄く思い入れがあって

そこに関して掘り探ろうかと思います。

 

まず、90年代で裏原宿という名前が広まり始めた頃はアンダーカバーもエイプも原宿の本当に小さな店で

まだあの界隈も全然出店がなかった。僕は中学ぐらいから兄や雑誌の中のラストオージーなんかで気になってて

でもどこで買ったらいいかわからないし、店にたどり着けてもなーんにも売ってない、そんな感じだった。

どちらかと言うと渋谷のELTの方が良く行っていた記憶。

だんだんと裏原ブームが加速し始めた辺りで彼らのほとんどの店の内装を手掛けているのが

M&MとNGAPだということを知る。プロダクトや建築はM&M、塗装はNGAPてな感じで。

中野氏によるNGAPはあくまで塗装屋、ペイント集団なんだってのにも心惹かれたな。

 

この頃はいよいよ店の前に新作を求めて並びが当たり前になってくる時代。

勿論流行っているからみんなブランドロゴが前に出たものを、おっとそこに猿が付いてるみたいな奴ねw

そういうのを求めるようになっていくから、兄弟して微妙にそこからはズレていくわけです。

そんな中でM&Mはカッコイイんだけどキムタクが着ちゃったりしてちょっと違う感が強くなっていって

NGAPなんかすげーいいんじゃないかという印象に変化していった。

 

凄く印象的に覚えているのは、雑誌relaxのビール特集の号でNGAPの特集が組まれたとき。

デビュー前のアンジェラ・アキがビールの記事のスナップに出てて、めちゃ綺麗なお姉さんだなーってw

その号のNGAPは世界観や洋服のブランドではないなにか特別で無国籍で強烈なイメージがあって、一発で虜になった。

 

そこから大学で新潟へ行って関東に戻ってくるまでは少し時間が空くんだけど

戻ってきてアンダーカバーと一緒に作り始めたアパレルが強烈にかっこよくて

ちょうどクラブでライブをよくやり始めた頃だったから、クラブで潰れて寝て起きてもそのまま遊べるワークウェアが基本で

NGAPは高級ワークウェアって感じでハマった。

のちのち意味が分かる妙なとこにあるポケットとかw ペインターが自分で作るウェアに散らかすペンキ具合とか

いちいち汗が拭けるパイル素材使いの妙だったり、日本人の頭にハマってどこにもないデザインのキャップ達とか。

 

ワンアンドオンリー感が半端なかったなー

今自分でTシャツとか発注するようになったからわかるけど、胸のワンポイント(2cm四方)に三版ぐらい刷って

背中のバックプリントがたしか七版ぐらい刷られてて背中が全く通気しなくて超絶蒸れたりとかねw

ほんととんでもない無駄かもしれない労力だけど、ペイントが根底にあったからこそ生まれた感あるプロダクト達。

くたくたになるまで着た覚えがありますよ。

 

唯一心残りで今でも探しているのが、ベージュのコーデュロイのキャップ。

つばに軍物みたいな月桂樹の刺繍がしてある奴。

これの色違いー

あれを恵比寿のミルクのロッカーに忘れてきてしまったのが悔しいw

絶対いつか見つけて買いたいw

 

正直いうと中野さんはお会いしたこともなくて、雲の上の人ってイメージは変わらないのだけども

あの当時の圧倒的な裏原ブームの中、独特のスタンスでクリエイティブしていた印象は今でも尊敬。

 

名古屋に来たばかりの時も、ラーダーのイベントに行って、オジャガのキーキャップを自分が付けててさスコロクトの奴

あとsingoldのキャップもかぶってたもんだからマユミンに話しかけられて、一瞬で仲良くなったってのも中野さんのおかげかw

 

その時の自分の気分にフィックスするタイミングってのはある。

どこでどのように合わさるかはわからんけども。

それでも僕の裏原宿のイメージはNGAPで埋め尽くされている。

なんだろね、天邪鬼な自分に一番合っていたのかもね。

 

いつか時間がかかると思うけど、アーカイブをがっつり集めて公開出来たらいいなぁと唯一思うブランド

裏原のちょっとした思い出でした。それでは今日はここまでー

 

また見てね!!

バイバイ!!

 

 

90年代かく語りき

先日曽我部さんを観たのでいいタイミング。

今日は「渋谷系」のお話だよー

 

渋谷系しぶやけいシブヤ系とも)、若しくは渋谷系サウンドとは、東京渋谷渋谷区宇田川町界隈)を発信地として1990年代に流行した日本ポピュラー音楽J-POP)のムーヴメント[6][7]。1990年代中期から後期にかけて栄えたファッションスタイルを指すこともある[3][8]。 

ってな感じでみんな大好きウィキペディアによるとこんな感じらしいんだけども、色々読むとアーティスト一覧とか、ちょっと過不足あるとおもいますがw

 

基本はね、90年代はCDが凄く売れる時代で、馬鹿みたいに小室ファミリーやビーイングのアーティストがミリオンとかを飛ばしている時、渋谷系はそれのカウンター的な存在として祭り上げられたって印象が凄く強い。

僕自身も中学ぐらいから誰も聞いてないけど良い音楽とか探していた類の人間なんで、渋谷系は自分にとってのメインストリームだったんだよね。

それこそ、ソウルセットやスチャダラからビースティボーイズ聴いてX-LARGEへ行ったし、フリッパーズの曲なんかは中学の時完コピでギター弾けたりもして、コーネリアスの©マークのTシャツもめちゃ欲しかった。

思えば中学生の時、なんかの雑誌のインタビューでコーネリアスがブルックスブラザーズのポロカラーシャツ(胸に刺繍入り)着て、サンバイザーに軍パン履いてて、全部真似したいから探し回って、今は無き松戸の伊勢丹に中学生のガキがおこずかい握りしめて買いに行ったというのが今の僕のファッションの原点だったりもするので、ものすごい影響を受けていたという記憶。

 

自分があんまり運動が出来なくて、スラムダンクが流行ってたからってバスケ部に入ったのに、運動神経悪いし、バッシュとかにはこだわる生意気なガキだから、同級生からイジメられて喧嘩して、退部した後に自分を救ってくれたのが音楽だったから、誰もが歌えるヒット曲よりもみんな知らないけど心を揺さぶられる曲に出会いたかったんだと思うなぁ。

今思えば全部青春時代の思春期の音楽、サニーデイサービスのアルバムを爆音でショックウェーブで聴きながらママチャリこいでバイト先向かった記憶とかがまさに青春狂騒曲w

思い出すと顔から火が出るくらいに恥ずかしいけど、そのバイトってのが高校生の時の本屋のレジ打ちで、ある時間からラストまでで一人になるから、DOARATだかチャタレイの裏原で流行っているようなサングラスかけながら仕事してたもんなぁww

 

そうそう裏原とのリンク具合もやっぱ凄かった。

スチャダラのアニがかぶってたサキャスティックのキャップとかマジで裏原界隈しか買えなかったし(もちろん買った)

この頃のAPEって新作出すときいつもその手のミュージシャンがモデルやってたから超煽られたわー

 

そういえば自分がまだ小学校ぐらいの時からBAKUが好きだったから車谷さんとかずっと聴いてたんだけどねー

正直スパイラルとか渋谷系じゃないと思うんだが、まぁホント良い思い出っすね。

 

今思えばどうしてこの流れからゴリゴリのB-BOYになったり、スーツ売ったりすることになったのかはいまだに謎ですがw

今でも数多くの「渋谷系」と呼ばれたアーティスト達がステージで心を震わせる音楽を作っているのに感謝したい。

そういう気持ちになった訳です、はい、てことで今日はここまで。

 

また見てね!!バイバイ!!

 

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最近はクラブ活動よりライブ。

最近聴いて観てきた奴。

まず7月27日

マイメンapitaco主催の「apitaco night」

なんでマイメンかってのが意外と知られていないので簡単に説明すると

名古屋に知り合いも友達も1人もいませんでした、4年ほど前にこちらに来るまでは。

で、同い年、前のブログの僕の音楽遍歴も被ることが多々あり、30代後半で出来た友達ってのもあって

もはや腐れ縁といっても過言ではないwということです。簡単に説明すると。

昨年開催された奴に比べるとさらにスタイルウォーズ。

一見カオスに見えるラインナップも素直に全部好きっていうアピの感覚が世代特有というか、凄く納得いくメンツ。

初見バンドも多かったですが、翌日の耳がキーン、叫び過ぎて喉がっさがさw

そういう後日の体調がいいライブの証だよね。

やっぱり生で見た時に忘れていた感覚を呼び戻されるというか

爆音の渦が心地よかったり、タバコ臭さやお洒落じゃないバーカウンターとか、妙にドキドキするライブハウス。

忘れちゃいけないですね。最高でした。

今年もう一回やるらしいんで、詳細上がったら僕からもお知らせしますねー。

8月入りまして1日と3日は円頓寺商店街

何かと今物議を醸し出しているあいちトリエンナーレのイベントの一つ「円頓寺デイリーライブ」

2日間とも七夕祭りを同時開催しており、大賑わい。

1日の曽我部さんも3日の吉野さんも高校生の頃聴いてた1stや2nd、初期曲多めでおじさん号泣物w

毎年毎年思うのが、名古屋のこの夏の時期の無料で良質なアーティストが見れるイベントの多さ。

東京の方が沢山有りそうなイメージって言われるけども、こんなにたくさんありません 笑

東京じゃ名古屋よりもアンテナ5倍とか10倍ぐらい張ってないと引っ掛からない。無料はこんなにないし。

無料がいいわけではないです、CD売れない時代、アーティストはライブで稼がなあかん。

ただ情報の渦の中で狙いをつけてお金を払ってその場所に出向くのはパワーがいる、すごくいる。

誰もがそこまでの情熱を持ち合わせているわけではない。

そんな中、ここ名古屋だと日常の中にものすごくナチュラルに音楽が溶け込んでいる感覚。

ここが本当に凄いと思う。僕が名古屋に住み着こうと思ったのは多分この感覚なんだと思う。

来週もベイクルーズ主催のフェスが名古屋城であって、入場料500円のみでデデマウスやハバナイが観れちゃう。

昨日は岐阜県可児市の「Rock Fill Jam」

ここも入場無料。なんなんだ東海エリアはw

ロケーションが最高。会場が屋内だし市民センターみたいので通常営業もしてるから学生が普通に勉強してたり

家族連れがめちゃ多い。ハッピーで平和過ぎて時を忘れた。

無料のフェスやロケーションの場合はその近隣の出店やお店にお金を落とすのがマナー。

酒バカスカ飲んでも全く悪酔いしない。滅茶苦茶ちゃんぽんだったのにw

作り手の愛というか、土着なのに全然ダサくないし、いい意味でお洒落でない。

こんなバランス感覚があったのかぁ、と終始関心と感動、まさに感謝(驚)

色々見た中では、攻めすぎるDJのウクダダちゃん、ライジングサン出るのかマジでやべーぞ鈴木実貴子ズ(ズの人良かったですw)

ゴルエクwithの時ちゃんと観てなかったからちゃんと観たら多幸感が半端なかったHoSoVoSo

最高でございました。

 

てな感じで盛り沢山。

夜のクラブ活動も悪くないんだけど、夏だしね、書を捨て街へ出ようって感じで

今日はこのぐらいで。

 

また見てね!!バイバイ!!

 

i drunk liquor shop