「寝ずの番」48
 
そして気が付いた時にはそこにはもう源一郎の姿は無かった。
トイレに立った時、時刻は確かに深夜の筈だった。
しかし外は今、微かだが朝の光が部屋に届き始めている。
知らぬ間に時が進んでいたのだ。
龍平の心臓が恐怖の手に掴まれて一瞬ぎゅんと縮まった。
龍平は震える指で煙草の箱を掴んだ。
だが、箱の中から一本の煙草を取り出すのに手間取った。
(天井裏か。)
確かにあの日、隆弘が息を引き取る直前、
隆弘は病室の天井を指さして何事かを言おうと口ごもらせていた。
隆弘は「天井裏に有る!」と言いたかったのだろうか。
何が?隆弘は天井裏に何が有ると言いたかったのだろうか?
漸く煙草を咥えた時、
上下の顎が小刻みに震えて今度はなかなか火を点けられなかった。
それでも漸く火を点けた煙草の煙を
龍平は深呼吸する様に何度か煙を深く吸い込んで漸く気を落ち着かせた。
煙草を吸い終わると、龍平は隣の部屋で眠る京太を揺り起こした。
「何だよ、こんな朝早く、もっと寝させろよ。」
京太は起きる事を拒んだが、龍平は容赦なく京太の体を揺り続けた。
「起きろよ京太!」
龍平のいつに無い強い語気で京太は渋々起き上がった。
「ちょっと話したい事がある。珈琲を淹れてくれくれ。」
京太はてっきり、お蔵さんの話だと思って急いで起き上がって珈琲を淹れた。
珈琲の香ばしい匂いに包まれた部屋で龍平はぽつりと言った。
「京太、大事な話だ。」京太はかしこまって強く頷いた。
「今朝、源一郎さんが来た。」
龍平は京太が思いもしなかった事を突然口走った。
「なに?お前、また変な夢を見たんだよ。」
「違う!」
龍平は剥きになって強い口調で否定した。
「源一郎さんは俺にお礼を言いに来たんだ。さっき俺の枕元に現れたんだ。」
龍平は自分の布団を指さしながら言った。
京太は戸惑いの視線を龍平に向けたまま黙って聞いているしかなかった。
「俊一さんに鍵の事を伝えてくれたお礼にって、
爺ちゃんの伝言を持って来たんだ。」
「爺ちゃんって、あの隆弘さんの事か?」
「そうだ!」龍平が頷いた。
隆弘からの伝言と聞いて京太が俄然興味を持って身を乗り出した。
「で?隆弘さんが今さらお前に何を?」
「『天井裏』って、それだけ言ったそうだ。」
「天井裏?何だいそりゃぁ。兎に角俺は珈琲を淹れるよ。」
京太はそう言うとパジャ姿のまま立ち上がって珈琲の準備を続けた。
その京太の背中に珍しく興奮冷めやらぬ龍平が話し続けた。
「なあ京太、俺の部屋の押し入れの天袋を見てみようぜ!」
「ああ。もう直ぐだからちょっと待ってろよ。」
言われた龍平は煙草を咥えて火を点けた。
「なあ京太。爺ちゃんが亡くなる時、爺ちゃんは頻りに天井を指さしていたんだ。
俺はその時は訳が解らなかったんだが、
考えてみると爺ちゃんは俺に、『天井裏を見ろ!』って言っていたんだよ。」
龍平の興奮は冷める事が無かった。
「京太、珈琲なんてどうでもいいから、早く天袋を点検してみようぜ!」
言われて京太は渋々龍平の部屋の押し入れの扉を開けた。
そして棚に足を掛けると天袋を見上げた。
「何だこの押し入れ、天井がやけに低いな。」
初めて龍平の部屋の押し入れに身を入れた京太が興奮気味に言った。
「こりゃぁ、不自然だな。この上に隠し部屋が有るんじゃないか。」
言われて見ると龍平が寝ている部屋の押し入れは妙に天井が低い。
京太は押し入れの天井のあちこちを拳で軽く叩いた。
そして「う~ん」と唸った。
「こりゃぁ~目の錯覚を利用した寄木細工の仕組みだな。」
そう言いながら京太は
押し入れの柱や板などを手当たり次第に押したり引いたりして見た。
すると、天井板を支える中央の根田の一本がすーと動いた。
「お!動いたぞ!」
京太がその根田を動かすと天井が一枚の扉になっている事が解った。
「おい龍平、天井が引き戸になってるぞ!」
京太はそう言いながら天井の引き戸を力ずくで押した。
すると押し入れの上の隠し部屋がぽっかりと口を開いたのである。
「こりゃ凄いや!おい龍平、懐中電灯を取ってくれ!」
京太が受け取った懐中電灯で隠し部屋を照らすと、
部屋には幾つもの棚が並んでいた。
その棚には細長い桐の箱に収まった何かが
整然と積み上げられ所狭しと並んでいるのが見えた。
「あ。ここに電気のスイッチが有るぞ!」
京太がスイッチを入れると隠し部屋全体がぱっと明るくなった。