さて、今日は午後からの勤務で

明日の午後に漸く2週間に渡る過酷な連続勤務が明ける。

「ウナギだ!酒だ!」

とアルコールが欠乏している脳細胞が叫んでいる。

何年後かに、娘と再会した時彼女に

「おとうさん。あれからどうしてたの?」

と聞かれたら、私は

「うん。月2で泥酔していたよ。」

とありのままを報告しなければならない。

 

「寝ずの番」46

 

龍平の質問に山科は笑顔で答えた。
「私どもの会社はもともと葬儀屋を営んでいました。
良庵さんと先代は仕事上の付き合いが古かったのです。
兄の代になりまして、葬儀場を新設しましてね。
営業活動の過程で老人福祉施設から
遠くに住む親族様がご遺体を引き取りに来られるまで
預かって貰えないかという依頼が多くなりましてね。
そこで兄がビジネスとして良庵さんに助け船を求めた訳なんです。」
成程。と龍平は軽く頷いた。
そして龍平は山科に背を向けながら手を挙げて別れを告げた。
すると、ホールを出て車に乗り込もうとしている龍平に
走って来た俊一が追いついた。
「室岡さん。些少ですが、私の感謝の気持ちです。受け取ってください。」
俊一はそう言うと龍平に封筒を手渡した。
「いや~そうですか。では遠慮なく頂きます。」
龍平は封筒を受け取ると丁寧にお辞儀をして車に消えた。
暫く車で走って龍平は
車を路肩に止めた。
そして封筒の中身を確かめた。
するとなんと、新札の一万円札が10枚入っていた。
「源一郎さん、有難う!」
龍平は天にも昇る幸せな気持ちに成って
現金が入った封筒を頭上に差し上げて源一郎に感謝の言葉を言った。
だが、源一郎が起こした奇跡はこれだけでは済まなかった。
この後、源一郎は龍平と京太、引いては良庵の運命までをも
劇的に変えてしまう信じ難い奇跡を起こしたのである。
大金を掴んだ龍平は心躍っていた。
その大金は、労働の末に獲得した賃金である。
龍平はこの歳になって、初めて働く事の喜びを噛み締めていた。
直ぐにでも京太に電話しようか?
一瞬迷った挙句、龍平は掴んだ携帯電話を助手席に放り投げた。
大量の食材を抱えて京太を驚かせてやりたい欲求に駆られたからだ。
龍平は、日頃は金欠で足を踏み入られなかった大型ショッピングモールを目指した。
そしてカート一杯に贅沢な食材と高級ウイスキーとを購入した。
買い物を終えて車に乗り込むと、時刻は昼食時になっていた。
自宅にたどり着くと、部屋には京太と良庵が龍平の帰宅を待ち構えていた。
龍平は、はちきれんばかりの笑顔で部屋に入って来た。
それを見ると京太は少し残念そうな顔をした。
「何をにやけていやがる。死人との一晩がそんなに楽しかったのか。」
京太はてってきり、帰宅早々龍平が泣き言を捲し立てて
自分に縋りついて来るだろうと勝手に想像していたのだ。
その時には、どうやって慰めてやろうかと一晩あれこれ考えていたのである。
だが、現れた龍平は満面の笑顔である。
京太にはそれが気に入らなかった。
当てが外れて、京太は機嫌を損ね、むっつりとしていた。
良庵は龍平の笑顔を見てほっと胸を撫で降ろした。
「仕事はどうでしたか、龍平さん?」
「いや~。とんでもない経験をさせて貰いましたよ!」
だが、言葉とは裏腹に龍平は楽しくて仕方が無い笑顔を湛えたままでいる。
京太は何故なのか、その龍平の笑顔がどうしても気に入らない。
「京太お前、何をむくれているんだ?これで宴会の準備をしてくれよ!」
龍平はそう言うと封筒から取り出した一万円札を京太に差し出した。
それを見て京太は大袈裟に驚いて見せた。
「お前まさか、
死人が懐に忍ばせていた三途の川の渡り賃をくすねた訳じゃないだろうな!」
京太はそう言うと龍平ににじり寄った。
日頃、金に縁の無い龍平が
惜しげも無く一万円札を振る舞うのは不自然極まり無い光景なのである。
「ば~か!」
そう言いながらも龍平の顔からはまだ笑みが消えない。
龍平は封筒の中のお札を全部出して京太に見せた。
それを見て良庵も椅子から飛び上がって驚いた。
ふたりはぽかんとした顔で、龍平の顔を見つめた。
「『寝ずの番』をしたお礼だとさ。息子さんがくれたんだ。」
「へ~」と頷きながらもふたりは不思議がった。
「詳しい話をしてやるからさ。
まず高級な酒でも飲もうや!帰り道に買って来たんだ!」
龍平が弾む口調で京太に酒の準備を促した。
龍平はシャワーを浴びに風呂場に消えた。
京太は妻の美恵子に電話を入れた。
「悪いが、龍平が金を出すから宴会の準備を手伝ってくれってさ。」
すると美恵子が言った。

「龍平が?なんであいつがお金持っているの?
いよいよふたりで詐欺でも始めたの?」

「何でもいいから頼むよ。金を取りに来てくれよ。」
京太は美恵子に済まさなそうな声で言った。
美恵子は直ぐに玄関に姿を現した。
「済まないな。」京太がそう言いながら美恵子に一万円札を手渡した。
美恵子は驚きで目を泳がせながら手渡された一万円札を握り締めた。
その後ろから風呂場から出て来た龍平が美恵子に更に一万円札を差し出した。
「美恵ちゃん。臨時収入が有ったんだ。
これで自分の好きな物を買ってよ。いつも世話になってるからさ。」
すると恵美子の顔が感動でみるみる歪んで行った。
「龍平、あんたがみんなに好かれてる所はそこよ!」
美恵子はそう言うと龍平に礼も述べずに金だけをさっと受け取って玄関を出た。
そして振り返って京太に言った。
「あんたが残念な所はそこよ!」
京太が美恵子の口真似をしながら思わず美恵子の後ろ姿に嫌味を言った。
暫くすると車から食材を抱えた美恵子が再び玄関に姿を見せた。
贅沢過ぎる肴の数々と焼酎の瓶などを上り口にどんと置いた。
3人は例によってまだ昼にもなっていないにも関わらず、
高級な刺身に舌鼓を打ち、日頃はけして口に出来ない

高級な酒を冷のまま喉に流し込んで胃袋の中を熱く燃やした。