今日は束の間に晴天だと言う。
この暑さは夏の日差しだ。
昨日、家を出る時、郵便受けに
amazonで購入した本が投函されていた。
その本を読んでいる途中で寝落ちした。
本はいいな~。
 
 
「寝ずの番」44
 
「さあ、それでは。」
山科がそう言ったのを合図に龍平は俊一を菊の間に案内した。
俊一は棺の前で正座すると、堪えきれずに身を崩した。
俊一が漏らす嗚咽は暫く止む事は無かった。
龍平は二人だけの積る話もあるだろうと、そっと席を外した。
10分ほどすると俊一がハンカチで目頭を押さえながら菊の間から出てきた。
その俊一に龍平が言葉を選びながら言いにくそうな顔で話し掛けた。
「実は俊一さん、お父上の事で少しお話ししておきたい事が有るのですが。」
父の事でと聞いて俊一は充血した赤い目ではっと龍平の顔を見た。
「出来れば、外で煙草でも吸いながらお話し出来ると嬉しいのですが。」
「解りました。」
龍平は先に歩き出した。
ホールの自動ドアを抜けて、龍平は喫煙場所のベンチまで来ると腰を下ろした。
俊一も隣に座った。
龍平は煙草に火を点けると徐に口を開いた。
「実は、ちょっと俊一さんに信じられないお話をしなければなりません。」
すると俊一は怪訝な顔を龍平に向けた。
龍平は言い方を間違えたかな。と思いながら
「いえ。けして、その~。悪いお話ではないんです。
あの~、なんと言ったら良いのか。私も戸惑ってはいるのですが。」
龍平はそこまで言うと、
煙草の煙を胸いっぱいに吸い込んで、それを辺りにだらしなく吐き散らせた。
「実は、昨日と申しますか、深夜と申しますか、その~」
言葉選びに苦悶している龍平に俊一は苛立ちを覚えて言った。
「室岡さん、遠慮なさらずにはっきり言って頂いて構いませんよ。」
俊一は機転が利く賢くて聡明な男だった。
「そうですか!それは有難い。」
龍平はほっと胸を撫で降ろして安堵の表情を現した。
「実は深夜、お父さんが菊の間に現れました。源一郎さんに間違いありません。」
それを聞いた俊一は一瞬びくんと肩を飛び上がらせった。
その後、大きく見開いた疑いの目で龍平を見つめた。
龍平は構わず話し続けた。
「何故、源一郎さんが現れたのかと言うと、
俊一さん、
源一郎さんはあなたにどうしても伝えておきたい事が有ったらしいんです。」
すると、俊一の目から龍平を見据えた猜疑の光がすっと消えた。
「源一郎さんは、あなたに金を残したのだとおっしゃいました。
その金を収めた金庫の鍵を首にぶら下げているのだと言いました。
その鍵を見れば、『俊一は私の意思を理解する筈だと。』とも言われました。」
龍平は途中で俊一が言葉を挟めない様に敢えてひと息に事の成り行きを話した。
俊一は「鍵?」と呟きながら視線を空に移した。
そして何かを思い出そうとしていた。
「その事を俊一さんに必ず伝えて欲しいと。」
それを聞いて俊一は、突然口を半開きにして
唖然とした表情で龍平の顔を見た。
俊一の顔には言葉を探しているらしい複雑な感情が浮かんでいる。
「私は源一郎さんが現れたのは真実だと思っています。
何故なら、私はあなたがここへいらっしゃる事は
会社から聞いて知っていましたが
あなたが俊一だと言うお名前だとは知りませんでした。
それを教えてくれたのは源一郎さんだったんです。
私は今朝になって山科マネージャーから
あなたの名前が、俊一さんだと知らされました。
鳥肌が立ったどころでは有りませんでしたよ。
何故ならそれはつまり、私が深夜にお会いしたのは
間違いなく源一郎さんその人だったと言う確たる証拠なんです。
ですから菊の間に戻って、
源一郎さんが話した事が真実であるかどうか、
源一郎さんが本当に首から鍵をぶらさげているのか、
それを一緒に確かめて頂きたいのです。」
龍平は話し終えてほっと深いため息を吐いた。
そして心の中で源一郎に話けていた。
(源一郎さん。私は貴方との約束を果たしましたよ。)
俊一は最初、狐につままれた様な顔をしていたが
龍平の話を聞き終わると口をへの字に結んで目に涙を浮かべていた。
「では、俊一さん。お父さんのところへ。」
龍平はそう言うとベンチから腰を上げて先に歩き出した。