「寝ずの番」33

 

いつの間にか、夏の朝は開けようととしていた。
朝の正義の日差しが部屋いっぱいに飛び跳ね始めていたのだ。
「さて、そろそろお暇致しましょうか。」
柔らかい声でそう言った良庵は
立ち上がりかけて足元をもつれさせて
少しよろめいた。
良庵が持参した一升瓶三本は全て空になって床に転がっている。
「良庵さん。流石に酔いが回っていますね。」
龍平が笑いながら言った。
「どうやらその様ですな。」
そう言った良庵はふと真面目な眼差しを龍平に向けて
改まった口調で口を開いた。
「そうそう。龍平さん。
貴方にうってつけの仕事が有るんですが
ちょっと話を聞いてみませんか?」
「仕事だって?」
良庵の言葉に、龍平の前に京太が先に反応を見せた。
「ええ。ちゃんとした仕事です。
日給は25,000円なんですがね。」
「25,000円だって!」
京太が龍平の顔を振り返りながら叫ぶ様にして大声を出した。
「一度考えてみてください。」
「先生、考えるも何も、即OKだよ。なあ龍平。」
京太にそうせかされた龍平はちょっと口籠った。
「ちゃんと話を聞いてみないとな。」
「ええその通りですよ。仕事は他人が選ぶ訳じゃありません。
その人に合う合わないが有りますからな。
いちど、考えてみて返事を下さい。」
良庵は笑顔でそう言葉を残すと、
身をふらつきながらも玄関を出た。
「先生、大丈夫かい?」
心配そうに言葉を掛けた京太に背を見せながら
良案は危なっかしい足取りで道を歩き始めた。
「奥さんを呼ぼうか?」
京太の叫び声に
「無用!」と言わんばかりに手を振りながら
良庵の姿はどんどん遠ざかって行った。
「龍平、何で直ぐに返事をしなかったんだ?」
龍平を詰る声で京太が言った。
「京太、世の中は甘くないんだぜ!日給25,000円だって?
そんな高い日当は余程辛い肉体労働に決まっているぜ!」
言われてみて京太もふと、そうかも知れないと思った。
「そうだな。破格な日給には必ず裏が有るからな。」
京太が済まなさそうに細い声を出した。
だがその直後、京太は龍平の顔を振り返りながら
未練がましい声でまた話しかけた。
「だけど龍平、一度詳しい話だけでも聞いてみたらどうだい?
話を聞くぐらいいいじゃないか。」
京太にそう言われると、龍平の胸に
「日給25,000円!」と言った良庵の言葉が大きな声となって
頭の中で木霊した。
「それもそうだな。」
「週に一日働くだけで、現状維持が出来るんだぜ!」
京太がそう言ってにっと笑った。
今度は龍平が、「そうかも知れない。」と思い直した。
龍平が良庵に電話をしたのはその翌日の事だった。
龍平の横では京太が龍平の携帯電話に近づき、耳を傾けていた。
良庵は端的に仕事の内容を説明した。
「そこに居るだけで?本当にそれだけでいいんですか?」
暫くの沈黙の後、龍平がまた言った。
「解りました。やらせて頂きます。」
龍平はそう言うと電話を切った。
それを待ち構えていた京太が身を乗り出してすかさず口を開いた。
「何だって龍平?どんな仕事だって?」
すると龍平がぶっきらぼうに言葉少なく言った。
「『寝ずの番』だよ。」
「『寝ずの番』?『寝ずの番』ってなんだよ?」

そう言いながら京太が怪訝な視線を龍平に向けた。