「死刑でいいです」という本を読んだ。
これは、共同通信の記者、池谷孝司(いけたにたかし)氏と同じく共同通信の真下周(ましもひろし)氏という二人の記者が書いたもので、少年事件や虐待、いじめや自殺の連載規格に取り組んでいる社会部のジャーナリストたちの告発である。
16歳で自分の母親を殺し、さらに大阪で27歳と19歳の二人の姉妹を刺殺して死刑判決を受けた山地悠紀夫の事件を詳細にするもので、山地がなぜそういう人生をたどったのか、なぜ冷血な殺人者になってしまったのかを分析しようとしたルポである。
「死刑でいいです」というのは、この殺人者、山地のセリフである。
2000年7月、16歳の山地は母親を殺害した。当時、17歳の少年による重大な事件が次々におこり、少年法改正の流れが強まった年だという。逮捕され、裁かれ、少年院に送られた山地。そのあと出所し、わずか2年後の2005年に、まったく見ず知らずの姉妹を殺害したのである。
母親殺害事件でも、大阪の姉妹刺殺事件でも、山地は反省の態度を見せなかったという。護送される警察の車の中で、山地は薄ら笑いを浮かべている。
この本によると、山地は少年院で他人に共感できにくいアスペルガー症候群と診断されたという。この診断が発表された時、私の記憶では、アスペルガーの親の会から、激しい抗議があったと覚えている。アスペルガーの子どもたちに対する偏見と差別を助長する、というのがその理由だった。
しかし、大阪での姉妹殺害後の診断では、「山地は人格障害であり、アスペルガー障害を含む広汎性発達障害には罹患していなかった」との診断がなされ、完全責任能力を認める判決が下された。弁護側は少年院時代の医師の診断などを根拠に「対人関係の構築が困難な発達障害の疑いがある」と主張していたが、裁判長は障害の罹患を否定し、「犯行当時も現在も知能は正常で、社会生活能力も保たれている」とした。今となっては、山地に発達障害があったかどうかは、判断の分かれるところである。 母殺しから9年、そして死刑確定から2年が経過した2009年7月28日、山地の死刑が執行された。享年25才であった。
2000年に豊川市で夫婦殺傷事件をおこした男子高校生(17歳)、そして2003年に長崎で4歳児をビルから落として殺害した12歳の少年、2008年に岡山の駅のホームで人を突き落として殺害した18歳の少年も同じくアスペルガー症候群を診断をされている。
が、アスペルガーをもつ人がすなわち犯罪を起こしやすいという理解をされると確かに困る。なぜなら、犯罪を起こす人々の大多数は、アスペルガー症候群ではないのである。 ただ山地の、自分のしたことが他人の命を奪い、その家族に多大な悲しみをもたらしたということに反省の態度をみせないというのは、共感性に乏しいといわれるアスペルガーのもつ特性と重ならなくもないのである。
しかし、ここで問題にされるべきはアスペルガー症候群自体ではなく、彼らがどういった家庭環境で育ったのかということなのである。 実際のところ、アスペルガーを持った子どもの大多数は、犯罪を犯さない。 特に、アスペルガーだと診断されて親もそれを認知し、きちんと療育を受けている子どもたちは、非行をしたり犯罪を犯すことはほとんどないのである。
こういう重大事件を起こし、あとからアスペルガーだと診断される子どもたちは、実は家庭で発達障害を把握していないことが多く、事件後の不可解な言動から医者が診断してアスペルガーではないか、というものがほとんどである。
つまり問題は、発達障害を持つ人々が、それと認識されないまま学校や社会で生活している中で、孤立感を高めたり、あるいは療育をうけないまま(社会性スキルを身につけないまま)生活して、それが原因でイジメにあったり排除されたりする経験を持つことが、事件につながるのではないかという部分なのである。
この本も、「発達障害と事件を結びつけることに慎重さを求める意見は根強い。診断名が報じられると同じ障害のある人や家族は不安になり「マスコミは偏見を広げる」と憤る。こうした声に配慮し、精神鑑定の結果を報じる際に「広汎性発達障害が直接事件につながることはないとされる」と注釈をつける記事が増えた。・・・・・はっきり書くと、障害が事件につながる「リスク要因」のひとつだと考える専門家は多い。私たちの見方を示すと、障害は孤立につながる要因だと考えている。発達障害の人は人間関係が苦手なため、差別や偏見を受け、相談相手もなく孤立することが少なくない。そのために追い込まれて事件を起こしたケースが目立つのではないか」(PP5-6)とこのルポは分析している。
実は、ホームレスの人々にも高い割合で発達障害を持つ人がいることが報告
されている。そして、この人々のほとんどは、自分に発達障害があることを把握していないそうである。 発達障害があることで職場でも孤立しやすく、ひとつの職場におちついていられず、非正規の職を転々とする場合も多いそうで、転職をくりかえしているうちにホームレスになってしまった、ということなのであろう。
この人々は、なぜ自分が学校や職場で受け入れられないか、なぜ自分が生きづらいのかを理解できないまま年齢を重ねて、鬱病などの精神疾患を併発している場合も多いという。自分が知らないのだから、もちろん学校や会社の同僚も、彼・彼女の発達障害を知らないだろう。ただただ、「社会性のないやつ、変なやつ」という目でみているのであろう。
そうであれば、発達障害の人を孤立させ、追い詰めている社会にも責任があるのではないか。また、発達障害を早期に発見し、きちんとした療育を社会福祉として提供しない国にも責任があるのではないか。
山地の場合、彼の発達障害の症状は、父親による暴力、つまり家庭内での虐待が大きく影響をしたのではないか、とこのルポは分析している。
家庭での虐待が発達障害を引き起こすということは最近の研究でだんだん認知されており、2007年にはあいち小児保健医療総合センターの診療科部長兼保険センター長である杉山登志郎医師によって、「子ども虐待という第四の発達障害」にも詳しく書かれている。
山地の場合、母親殺害の時の最初の診断の広汎性発達障害を、大阪での姉妹刺殺の裁判では否定し、「人格障害」と判断した。
「どちらの障害でも、山地が人に共感しづらかったことに変わりはない。彼の性格は、生まれつきの特性が、暴力的な父とその死、母子家庭の貧困生活、いじめなど過酷な生育歴でゆがんでできたのだろう。 山地の場合、広汎性発達障害と診断されながら何のフォローもなく孤立し、さらに追い詰められていったのはまちがいない。」とこのルポは分析する。(PP6)
山地は、取調べや公判で「死刑でいいです」と話したそうである。自分のしでかした重大な事件に対し反省の気持ちも、そして被害者に対し申し訳ないという気持ちも持たないが、自分は死刑にしてくれてかまわないという。
判決確定から2年2ヶ月、事件発生から3年8ヶ月の異例の早さで、彼の死刑は執行された。25歳。
残忍な方法で、なんの落ち度もない二人の若い女性を殺害した山地に同情するつもりはない。 また、私は特に死刑制度に反対する者でもない。
しかしこういう事件を詳細に分析してみると、「防げたのではないか」という忸怩たる思いになることが多いのである。
山地の生育歴を見ると、彼の父親の家庭内での暴力は、母親と息子である彼に頻繁に向けられており、その父親を尊敬するような山地の態度も見て取れる。これは、虐待されている子どものもつ特徴のひとつで、暴力で支配されている子どもは、そのつらさと無力感を解決するために、暴力を振るう親に同一化しようとするというのだ。 成長して、母親と大阪の被害者の姉妹を暴力で支配しようとした山地の態度は、父親から学んだものだといっても良いだろう。殺害という究極の暴力によって、山地は人を支配したのである。その暴力の中には、自分を受け入れてくれない社会への怒りもあっただろう。
親は、子どもに暴力を振るう際に、「お前が悪いから殴られるのだ」と自分の暴力を正当化しつつ殴ることが多い。「自分は悪い子どもだからこんな目にあう」と思いながら育つ子どもには、自尊心は育たないだろう。自分を大切にしてくれない親に育てられた子どもは、他人を大切にすることも学ばないだろうし、他人の痛みに共感することも難しいのであろう。
「死刑でいいです」と言い放った山地は、自分自身も大切に思うことがなかったのであろう。共感性の乏しい、社会性の発達していない山地に対し、クラスメイトは排除することで対応した。不登校になった山地には、「所属する場所」がなくなってしまい、生きづらさを感じたに違いない。新聞配達や、パチンコのゴト師などの仕事をしたが、結局人間関係が原因で居心地が悪くなったようである。
「裏切られるのが怖くて友達ができない」と医師に語った山地は、基本的に人間に対する信頼感が育っていなかったのではないか。
母親と山地のあいだのコミュニケーションも十分ではなかった。「自分の好きな女性に、母親が勝手に無言電話をかけた」という理由で、山地は自分の母親を何度も殴りつけて撲殺している。母親は僕のことをわかってくれていない、という気持ちは山地には強かったようである。幼い頃から、母親と山地の間には、愛着関係が育っていなかったのではないか。殺してしまった母親に対して、山地は弁護士にも冷淡な言葉を吐いている。
また姉妹殺害も、ゴト師としての仕事やその仲間とうまくいかなくなり始めた時期に起こした事件である。仲間から受け入れられていないという気持ち。居場所がなくなってしまったという孤立感。人を信頼できない気質が、ますます問題を悪化させる。 逆境に対する、リジリエンスの低さ。 姉妹殺害の理由を聞かれて「人を殺したいという欲求があった」といった山地。姉妹は、山地の「自分を受け入れない社会」に対する怒りの矛先を向けられてしまったのではないか。
持って生まれた気質もあったかもしれない。 父親の暴力や虐待環境、貧困の中での意思疎通の乏しい母親との生活。 虐待やネグレクトによる発達障害と、それに対するフォローのなさ。学校での疎外感、仕事が続かない焦燥感と居場所のなさ。
すべてにおいて、社会的に孤立していく青年の姿が浮かんでくる。
幼少期に親との愛着関係、アタッチメントを形成できなかった人間は、リジリエンス(逆境への順応力、逆境からの回復力)が弱く、自己肯定間が低く、人を信頼しないという。
アタッチメントは虐待環境やネグレクト環境の家庭では育ちにくい。
そういう環境で育ったための、人に対する信頼感のなさ(人に裏切られそうで友達ができない、という彼の言葉)、父親に暴力を振るわれたことで持ってしまった自己評価の低さ、感情表現が乏しく意思疎通が難しかった母親(ネグレクトに近かったかも)との間に育たなかったアタッチメントなどから、幼少期には目立たなかった彼の共感力のなさ、社会性の低さ、そしてリジリエンスの低さが、学童期、青年期にかけて、人とうまくコミュニケーションをとれないという疎外感につながり、大きく軌道をそれていったのかもしれない。
それに気がつかず、あるいは貧困のためそれどころではなく、また、母子の社会的孤立(親類や友人もおらず)や不登校のせいで、彼の持つ問題に対しては誰もなんのフォローもしなかった。
そのことこそが、この重大事件に結びついたのではないか。
「死刑でいいです」
このルポのサブタイトルは、「孤立が生んだ二つの殺人」である。
この青年は、もう幼い頃からこういう人生を歩んでしまうことが決定されていたかのような、そんな生育歴。
だれかがどこかで彼の苦痛、孤独、そして家族の持つ問題に気がつき、介入することができていれば、なんの罪もない二人の若い女性たちの命が奪われることはなかったのかもしれない。
こういう事件が起きた時、犯人の心理を詳細に探ることは、実は大変に大事なのである。犯罪心理学という分野は、「予防」のためにあるのだ。
どうすれば、どうしていたら、この犯罪を防ぐことができていたのか。
護送される時、薄笑いを浮かべる山地の表情には、重大事件を起こしてしまったという反省の色はかけらもみられなかった。
「死刑でいいです」と言い放った青年には、命を奪われてしまった二人の姉妹の気持ちを思いやる能力がなかったのかもしれない。その家族の悲痛な思いを理解する能力はなかったのであろう。
彼にとって、彼の命と同じぐらい姉妹の命は軽いものだったのかもしれない。
命の重さを、その大切さを知るには、自分の命を大切に思えることが前提だろう。 生まれたときから親に虐待され、無視され、この世の誰ともきちんとした信頼関係も愛着関係も築くことのできなかった人間には、他人の命の重みを知ることは不可能だろう。
死刑になって当然。 そう思う人間はたしかに存在する。
被害者感情を思えば、人の命を無残に奪う人間には、おのれが生き延びていく価値も資格もないかもしれない。 因果応報。そのとおりである。
しかし人を3人も殺しておいて反省もなく、淡々と「死刑でいいです・・・」と言い放つ青年がどうして育ってしまったのか、その原因を究明することは、犯人をあっというまに死刑にしてこの世から追放してしまうことよりも、実は重要なことなのではないだろうか。 今後このような不可解な事件が起きないようにするためにも・・・・。
参考資料:
「死刑でいいです -孤立がうんだ二つの殺人」 池谷孝司/編著 (新潮文庫、平成25年)
「子ども虐待という第四の発達障害」 杉山登志郎 (学研教育出版、2007年)
「子どもの虐待 - 子どもと家族への治療的アプローチ」 西澤哲、(誠信書房、1994年)
子どもの虐待とネグレクト、Vol.17 No.3 February 2016, 特集「レジリエンス再考」、一般社団法人 日本子ども虐待防止学会