映画『ビリー・ホリデイ物語』を劇場でみました。壮絶な半生を語りながら歌うオードラ・マクドナルドのリアルな歌唱に、ビリーの影を追いながら胸打たれました。お客さんは7~8名でしたが・・・。
タイトルが過去の映画と混同するのですが、今回の映画の原題は『Lady Day at EMERSON'S BAR & GRILL』で、死の4か月前に出身地のフィラデルフィアの小さなクラブでの最後のライブを再現したミュージカルを映画化したものだそうです。黒人差別のなかで逞しく生き、しかし44歳という若さで夭折した彼女の人生の実態を目の前で突き付けられた重い映画でした。 その佳境でアカペラで歌いだす曲が「ドンド・エクスプレイン」。
ビリーの結婚生活から生まれた歌で、ある夜、夫のジミー・モンローが襟に口紅をつけて帰ってきたのにビリーが気づいたとき、夫はなんだかんだと弁解したそうです。彼女はそれをさえぎって、「お風呂に入ってらっしゃい。Don't Explain」(言い訳しないで)と言いました。その後も彼女はその夜のことが忘れられず、「ドンド・エクスプレイン」という言葉を繰り返すうちにこの曲ができたそうです。 そこで知人のアーサー・ヘルツォーグ(ハーツォグ)Jrの所に行き、アーサーが手を加えて、歌詞も完成させました(ビリー自身が自伝でこう述べています)。録音は1945年の8月で、ヒットしたとのこと。 まずはビリー・ホリデイ自身の1958年の動画です。歌う映像の少ないビリーの貴重な動画で、「ドント・エクスプレイン」。1959年7月17日に44歳で亡くなる前年の歌唱です。
次は、ジャズ・ヴォーカル・ファンには愛好者の多いヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン(tp)の「ドント・エクスプレイン」です。このアルバムは後に世界的なプロデューサーになるクインシー・ジョーンズの編曲指揮で制作されたエマーシー盤で、ヘレンの代表作でボクの最愛聴盤の1枚でもあります。録音は1954年の12月、昭和でいうと29年。わが国ではテレビ放送が始まった翌年ということになります。
今回初めて見つけました。ジューン・クリスティが歌っていたとは知りませんでした。1963年の『The Intimate Miss Christy』に収録されていますが、淡々としていてとてもいい感じです。
もう一人、意外なシンガー、カサンドラ・ウィルソンが、スタジオ・ライヴ動画としてYouTubeにアップしていました。この方のアルバムは持っているのですが、あまりにメロディが躍動しすぎて落ち着かないので聴くことが少ないのです。でも今回は落ち着いた歌唱でした。ビリーの作った歌が歌い継がれていることも嬉しい気分になります。
今回最も意外だったのが、イギリス男性でダンディなロック・アーティスト、ロバート・パーマーの歌唱でした。 味わいがあって、渋いですね。でも54歳で亡くなったのは、早すぎました。
最後は再びビリー・ホリデイの「ドント・エクスプレイン」です。これは1956年11月10日にニューヨークの音楽の殿堂、カーネギー・ホールでのビリー・ホリデイのライブ・レコーディングのヴァージョンです。メンバーは、以下の通りでヴァーヴ・レコードから発売されました。
Billie's accompanied by Band under the direction of Chico Hamilton, Al Cohn (tenor sax), Buck Clayton (trumpet), Tony Scott (clarinet), Carl Drinkard (piano), Kenny Burrell (guitar), Carson Smith (bass) and Chico Hamilton (drums). Recorded live November 10, 1956, New York. (Verve Records)
映画『Lady Day at EMERSON'S BAR & GRILL』の中で本人役のオードラ・マクドナルドがビリー・ホリデイのセリフとして何度か口をついてでてくるカーネギーホールでのライブへの自負心。本来はクラシック音楽の殿堂ですから、黒人の、しかもジャズ歌手がコンサートを行うことは異例中の異例だったといえるのでしょう。
そのビリー自身が最も誇らしく思ったホールでのコンサートへの深い思い入れが伝わってきそうなビリー・ホリデイの歌唱です。 でも歌の内容は、なんともやるせないですね。