1972年(昭和47年)のアメリカン・ポップスです。原題「It Never Rains In Southern California」をスッキリした邦題にしたセンスも素敵ですね。
調べてみると、この曲は1972年に発売されていますが、ビルボードの年間チャートベスト100位には翌1973年の98番目にランキングされています。しかも不思議なのは、ビルボードで5位に上がったのは、1972年12月16日付け(冬!ちなみにその時の1位は、ビリー・ポールの「Me and Mrs. Jones」)でした。
この曲をアルバート・ハモンド自身が書いたのは彼がカリフォルニアに移り住む前のロンドンだったそうで、ヒットしたのはカリフォルニアに住んで15ヶ月目のこと。ロンドンのフルハムにてアメリカの西海岸を想像して書くとは驚きです。しかもアメリカでもヒットしたのはどうやら同年の年末から年初にかけてのようで、これまた意外でした。 さてアラ還以上のかたには懐かしさが込み上げる軽快なナンバーです。 アルバート・ハモンド、1972年発売の「カリフォルニアの青い空」。動画のライヴは翌1973年のものだそうです。
さてボクの大好きなエンターテイナー、バリー・マニロウもこの歌を歌っています。この映像は2007年ごろのライヴだそうですが、その頃の彼のショウをBSで放送していました。歌もスムースで上手く、ジェントルで素晴らしかったです。DVDにコピーして愛聴盤です。
意外にもこのころ人気を博していたデュオ、ソニーとシェールが歌っています。1973年の映像だそうです。後にソニー・ボノは議員になって著作権法の延長法案の提案者となり、ソニー・ボノ法として知られていますし、シェールは女優として映画『月の輝く夜に』で1987年度アカデミー賞主演女優賞を受賞しています。ボクも当時上映館で観ましたが、「サニー」とか「バンバン」で知るデュオのシンガーの印象が強く、ボクには浮世離れして超然としているところが不思議な存在感でした。
日本人アーティストも多くカヴァーしています。ただし日本語カヴァーはさすがにありません。 まずは昨年7月に亡くなった弘田三枝子が1974年に発表したカヴァーアルバムに収録しています。
それと1971年に「十七才」でデビューした南沙織が1973年の7月にシングル盤のA面として発売しています。編曲は、その後キャンディーズの作編曲で活躍する穂口雄右です。
音楽番組『青春のポップス』によく出演していたアルベルト城間(ディアマンテス)の抜群の歌唱力にボクはシビれていました。古い映像なので音質も悪いですが、歌唱は見事です。
【余談】 この「カリフォルニアの青い空」をパクったと言われるのが「さらば恋人」(作詞・北山修、作編曲・筒美京平、歌・堺正章)。
しかしこちらは「カリフォルニアの青い空」の発売の1年以上前の1971年5月1日に発売され、1971年の日本レコード大賞大衆賞を受賞しています。
歌い出しの歌唱が似ているといえば似てますが、発表時期を考えるとまったく的外れな指摘でしょう。
かといって「さらば恋人」が発売されたころにアルバート・ハモンドはロンドンから西海岸に移り住んでいますので、すでに曲想はできていたはずです。従って、逆の盗作はあり得ませんね。
似ている曲は必ず盗作だ、と考えるのもいかがなものでしょうか
ねぇ。