2016年度ノーベル文学賞をボブ・ディランが受賞したと発表があったときの衝撃は忘れられません。しかも「文学賞」です。もっともノーベル賞に「音楽賞」があればいいのに、と思ったのはボクだけではないでしょう。あるいは「平和賞」でもよかったかもしれません。1963年にボブ・ディランが世に送った曲「風に吹かれて」が、当時も今も世の人々に訴えかけるのは「考えろ。そして行動せよ」という規範だったような気がします。

 

音楽が人を動かす力になることを思い知らせてくれる「風に吹かれて」。 “My main purpose as a musician is to put songs on people’s lips, not just in their ear.” (私の音楽家としての目的は、耳で音楽を聴くだけではなく、人々が唇で歌を歌うことだ)と語ったのは、アメリカのルーツ・ミュージックの父ともいえるウディ・ガスリーの直弟子、ピート・シーガーですが、単に歌声運動だけに留まらず、初めて歌によって大衆に行動力を与える揺さぶりをかけたのが「風に吹かれて」だったのではないかと思います。 

 

ウディ・ガスリーに憧れてミネソタから出てきたボブ・ディランが、この曲を書いたのが1962年4月。若者のたまり場だったグリニッジ・ヴィレッジで公民権運動について仲間たちと議論した果てに生まれたものだというのが定説です。 この曲は、議論に結論なんかでないという達観した見方で書いたと言われる「答えは風に吹かれている」というフレーズが共感を呼ぶとともに、レコードも出ていない内から多くのパロディが生まれたといいます。この曲の反響が大きかったこともあってか、同年6月に音楽出版社リーズ&ウィットマークでデモ録音を行いました。 このデモ音源は2010年に『ザ・ウィットマーク・デモ』と題する2枚組CDに収録されて日本でも発売になったので、マニアなpopfreakとしては早速購入しました。

 

なによりも驚いたのは、デモとはいえ「風に吹かれて」の2番が終わった間奏のギターを弾きながらディランは、“エヘン!”と大きい声で咳払いをしています。この数か月前にディランのデビューアルバム『ボブ・ディラン』が発売になったばかりで、どうやら2500枚しか売れなかったにもかかわらずの大物ぶり(笑)。

 

すでに契約レコード会社のコロムビア(CBSレコード)では、ボブを引っ張ってきて契約したプロデューサー、ジョン・ハモンドの道楽だと揶揄する声もあがっていたといいます。 そのボブ・ディラン、ヴィレッジでは人気曲となっていた「風に吹かれて」をテレビで歌っています。1963年3月の動画です。マーティン・スコセッシが監督したドキュメンタリー映画『ノー・ディレクション・ホーム』の中でもこの動画は収録されていますが、このYouTube動画も貴重な映像です。

さて先日朝日新聞の夕刊に「パクリの“大御所”ディラン」という堂々とした見出しで音楽評論家、萩原健太さんが書いておられましたが、この曲が生まれたときから19世紀の霊歌「競売はたくさんだ」(原題:No More Auction Block)が元ネタだとは広くしられるところですが、2004年にはこうまで言っているそうです(以下、引用)。 

 

「あの曲(風に吹かれて)は10分で書いた。たぶんカーターファミリーのレコードで覚えた古い曲に新しい歌詞を乗せた。それがフォーク音楽の伝統だ。先人が手渡してくれたものを使うんだ・・・」。ディラン、潔し。

 

そこで元歌をディランが歌っているヴァージョンがYouTubeに上がっています。聴くと確かに納得するくらい同じメロディに聴こえます。 この「No More Auction Block」の音源の出所は「The Gaslight Tapes」。録音は1962年だそうです。

 

ところでこの曲をリクエストしていただいたDupinさんが、この曲を身近に聴いたのは80年代のトレンディ・ドラマの『金曜日の妻たちへ』(通称;金妻)のシリーズ1の主題歌に使われていたヴァージョンだったそうです。

 

しかしドラマでの「風に吹かれて」はディランの歌唱盤ではなく、フォークグループのピーター、ポール&マリー、通称P,P&Mでした。 そもそも当のディラン本人が録音した「風に吹かれて」がアルバム『フリー・ホイーリン』(1963年5月発売)とほぼ同じ時期にP、P&Mがシングル盤として発売して、それが本家盤より先に大ヒットしたことは知られています。その仕掛け人は、後のディランのマネージャーとなるアルバート・グロスマンで、自らプロデューサーとして組んだ3人組に歌わせたのです。果たしてディランの声とマリー・トラヴァースの声が同時にシングルで発売になったとしたら、人々はどちらを選んだだろうか、興味深いことですね。 「金妻」で「風に吹かれて」の世代感ギャップを埋めたP,P&Mのヴァージョンです。  

黒人ソウル歌手、サム・クックもディランに啓蒙された一人でした。「ユー・センド・ミー」など素晴らしい歌唱で人気を獲得して将来のソウル界を担う逸材と期待されていたのに、予期せぬ射殺で世を去ったのが残念でなりません。

 

もちろん彼の「ア・チェンジ・ゴナ・カム」は、「風に吹かれて」にインスパイアされたナンバーでした。   

スティーヴィ・ワンダーが歌ったヴァージョンも、時代を超えてヒットしています。この映像は、「風に吹かれて」ボブ・ディラン - The 30th Anniversaryでの歌唱です。リトル・スティーヴィと名乗っていたころからキャリアの長い彼ならでの見識で、70年代.80年代.90年代を語っています。  

なんと超若き日のビージーズが歌った「風に吹かれて」。テレビ出演時のもので、1963年だそうです。3兄弟の若いこと。  

ブルース・スプリングスティーンの歌う「風に吹かれて」。イメージとしては、台風クラスの強風に立ち向かう勇ましいボスの姿を想像してしまいます。しかしボクは15年位前にでた「花はどこへいった/ピート・シーガー・トリビュート盤二枚組」を買ったら、やはりボスは「花はどこへいった」を歌っていました。生活に根差したルーツミュージックが彼の原点なのでしょうね。  

同じ「花はどこへいった」のカヴァーで成功したマレーネ・ディートリッヒも、ドイツ語盤と英語盤で「風に吹かれて」を歌っています。

 

相当前に放送されたNHK-BSドキュメンタリー『世紀を刻む歌/風に吹かれて』でそのいきさつを紹介していました。 反ナチ、ナチス嫌いでスジを通したディートリッヒにこの曲のレコード化を進めたのは、西ドイツのエレクトラレコード。しかし余り売れなかったそうですが、それを聴いた東ドイツのレコード会社、アミーガが発売を要請して東ドイツでも発売されました。 

 

終戦後も東ドイツは反ナチ主義だったそうで、敵の敵は味方というロジックで東ドイツのレコード会社も発売を推進しましたが、結果的には西ドイツ同様に余り売れなかったそうです。そのレーベルを見ると、指揮はバート・バカラック。当時はまだ世界で知られる前のことで、その頃ディートリッヒの伴奏者として世界を回っていたことは、以前「リリー・マルレーン」でもご紹介した通りです。  

最後は、一時は実質的な結婚状態にあったパートナー、ジョーン・バエズが、来日時に出演したテレビ動画です。最後1フレーズだけ日本語“お聞き坊や、お空を吹く、風が知っているだけさ”と日本語を交えて歌っていますが、なんたる美声。その歌声に吸い込まれそうです。おそらくフジテレビ『夜のヒットスタジオ』ではないかと思いますが、会場に多くの観客を配していて違うかもしれません。  

 

風に吹かれて57年が経ちました。人それぞれの「風に吹かれて」。 

 

数々の問題提起の後は、答えは風の中にあるという“答え”。世紀を刻んだ歌は、いまもなお世界を刻み続けています。 

 

(僭越ながら)自分のブログに「Blowin' The Wind」をもじった「blowin' in the music」と名付けてから、もう12年が経ちました。ブログの12年で干支をひとめぐり、人でいうと還暦なみの目出度いことかもしれませんね。

 

これからも引き続き、歌で聴く人の心に歌の力を刻み続けたいと願っています。

 

感謝を込めて。popfreak

P.S.冒頭の写真は、マイ・ディラン・コレクションを並べてみたものです。CDが2枚組も含めて9種類、映像が1枚。なんだかんだと今月8日に発売された最新作まで買ってしまいました。なんかディランって、出したら買わなきゃって気にさせるアーティストなのですよね(苦笑)。