
つかこうへいが亡くなって、もう1年以上が経過しました。1982年の松竹=角川映画は、大好きな映画でした。
階段落ちに至るハラハラドキドキ感と、撮影本番での風間・平田の鬼気迫る熱演、それに可愛い小夏役の松坂慶子。深作監督ならではのリアリティだったと思います。
もちろん原作は、つかこうへい。忘れられない主題歌です。
深作欣二監督作品『蒲田行進曲』サントラより。とりわけ3番の歌詞に注目してお聴きください。
当時も気になっていましたが、誰も何もいわないので黙っていました。実はオリジナル盤と歌詞が2カ所違うのです。
昭和4年(1929年)の松竹蒲田映画『父親とその子』で使われたのが、川崎豊・曽我直子のデュエットによる「蒲田行進曲」。
当時松竹映画の音楽部長をしていた堀内敬三が、映画のプロデューサーから外国のレコードを示され、主題歌としてやってくれと依頼されて採譜・編曲したものに自ら歌詞を付けたものです。その原曲が映画『放浪の王者』の中の「放浪者の唄」(The Song of Vagabond)で、ボヘミア出身のミュージカル作曲家ルドルフ・フリムルが作ったナンバー。フリムルは、「インディアン・ラブ・コール」も作っており、前回ご紹介した「夢見るころを過ぎても」の同時代作曲家、シグムンド・ロンバーグのライバル的存在でした。
作曲のルドルフ・フリムルさてどこの歌詞が違うのでしょうか。歌詞を見ながら考えてください。
オリジナル盤・川崎豊、曽我直子
風間・松坂盤の3番に歌われる「♪あふるるところ」、「♪かがやく緑さえ」が、オリジナル盤では、「♪あつまるところ」、「♪かがやく美の理想」と歌われています。
この原歌詞は、映画の都・松竹蒲田を賛美する内容ですから、「白日の夢」は「あつまるところ」でも「あふふるところ」でも意味は通じますが、「かがやく緑さえ」は、さすがに的外れな気がします。映画俳優たちの集う蒲田にいる理想的な美男・美女への永遠のあこがれを歌った堀内敬三もこの解釈にはちょっと苦笑いしているのではないかと思いますが、いまとなっては経緯は不明。
でもときどき懐メロ歌謡番組などで、「♪輝くみどりさえ」と歌われているのを観るにつけ、ちょっと焦ってしまうのは私だけではありますまい。
なぜなら、ボクはオリジナル盤(復刻10枚組LP)を持っており、その解説書には上にのべた作品のいきさつとオリジナル盤の歌詞が記載されていますので、オリジナル盤にはまず歌詞の間違いはないはずです。(-明治・大正・昭和-日本流行歌の歩み)。
さてさて気を取り直して、と。
ルドルフ・フリムルの原曲を英語で歌ったヴァージョンをYouTubeで見つけました。歌手は英国のテノールだそうです。
From the movie "The Vagabond King"
Webster Booth/歌
さらに歌モノではなく、ピアノ演奏のヴァージョンもあります。かのジャズ・ピアニスト、アート・テイタムがこの曲を弾いていますが、さすがに「蒲田行進曲」とよぶには相応しくないので、ここでは「放浪者の唄」としてご紹介しておきましょう。
アート・テイタム/The Song of Vagabond
歌は世界を巡りますね。
ボヘミア出身の作曲家がニューヨークにでてミュージカルで成功を収め、その映画化で使用された音楽を聴いて気に入った日本の映画のプロデューサーが映画本編には全く無関係な内容であるにもかかわらず使ったために「蒲田行進曲」がレコードででヒット。この曲は、映画の黄金期を迎える松竹蒲田撮影所の賛歌として長く愛されたのでした。
ところで、映画『蒲田行進曲』では、撮影所の二大スターのつばぜりあいが描かれています。つか原作ではそれは昭和30年代の東映太秦撮影所での確執をテーマにしたということもあり、撮影は深作監督の出身である東映太秦撮影所で撮影されました。
東映出身の深作監督が東映太秦を舞台に『蒲田行進曲』を撮ったことを快しとしない松竹蒲田出身の制作関係者が、のちに『キネマの天地』という映画を蒲田で撮影して対抗したというエピソードがまことしやかに語られていますが、本当のことは私にはわかりません。