実家の近所に住んでいた、おばちゃん。
おじさんと、二人暮らし。
子供がいない二人だったので、
子供のように可愛がってくれた。
ある年の夏、おじさんが亡くなった。
癌だった。
むかし軍人だったおじさんは、
ひどく傷むであろう最期の時にも、
モルヒネを使うことをしなかった。
簡単に痛いとも言わなかった。
ちょうど同じ時期に、
体を悪くしていたおばさんは、
おじさんの隣の部屋に入院していた。
おじさんの臨終のときに、
隣の病室で横になっていたおばさんは、
知らせを聞いたあと、やっと歩いて、
隣の部屋に行き、とても残念そうだった。
臨終を見とれなかったことと、
おじさんが死んでしまったこと。
そのどちらに対しても、がっかりしているようだった。
そのおばさんの状態が悪くなっていたったのも、
それからすぐだった。
後から、知らされたのだけれど、
おばさんも、その時、
癌を患っていたらしい。
子供だった私は、
余命というもを知らされていなかったので、
おばさんが退院した後も、
わざと何か今まで以上に関わるということもなく、
おばさんの余命の間を過ごした。
ある日、手に力が入らなくて、
蟹の料理ができないから、
蟹を切りにきてって言われた。
ただ半分にぶっつり、切るだけ。
小学生の私には、大したこともない。
蟹の下ごしらえを簡単にして、
今日つかわない部分は、冷蔵庫に入れて、
私は、家に帰った。
少し、つらそうなおばさんを後にして。
おじさんが亡くなった、ちょうど一年後
おばさんも同じように癌で亡くなった。
私は、そのあと高校を受験し、
大学生になり、一人暮らしを始めた。
そんな頃、なんとなく、あの日の記憶を思い出した。
おじさんがいたころとは比べ物にならないくらいの、
冷たい空気の台所。
ぼんやり、食卓の椅子に腰かけている
おばさん。
私が帰ったあと、
おばさんは、一人で食事をしたのかな。
いままで、いるはずだった人がいなくなったときの
寂しさ。
一人で、食事する寂しさ。
その時、私は、激しく後悔した。
何であの時、無理にでも、一緒に御飯が食べたいと
言わなかったのか。
そう思った時には、もう何もできない。
裁縫を教えてくれたおばさん。
小学校にカセットプレーヤーのカバーを
一緒に作って持って行ってほめられた。
編み物を教えてくれたおばさん。
大学生になって、手袋を編んで、
誕生日にプレゼントして、喜ばれた。
おじさんと出かけるときは、
なんとなく二人横に並んで歩いて、
ときどき手をつないで歩いていた。
そんな二人を見て、いいなって思ったりしていた。
おばさんが死んだあと、
おばさんが使っていた裁縫道具と、
編み物の道具のを私が受け継いだ。
生きるための知恵をいろいろと教えてくれた、おばさん。
できるときに、できる限りのことをしたほうがいいのだ
っていうことを教えてくれた、おばさん。
おばさんは、今も、私の中で生きている。
そんな気がする。
今日は、そんなおばさんに、
感謝