カヨコート、ご存じですか?

何年か前に閉店してしまった元町のお店。

『おしゃれの店カヨ』

そこのお店のコートがそう呼ばれていました。

そこのご主人(女性)が決めたデザイン、

それをずっと3人の職人さんが手作りしていました。

私が生まれる前、ハマトラブームの頃からあったそうです。

 

母の癌が発覚し、大変厳しい状況の中で手術した年の秋。

ひとまず生還できたのを祝おうと、元町に出かけました。

元町は母の青春の憧れの街です。

思い出話を聞きながら、ぶらぶらと歩いていました。

そしたら母が突然「えっ、ちょっと待って!!!」と立ち止まったのが、おしゃれの店カヨでした。

そのショーウィンドーにカヨコートが飾られていました。

 

「この店に、入る!」

そう言って母はその、薄暗い、常連でなければ入りにくい雰囲気のお店に入っていきました。

そして迷わず、「コートを試着させていただけますか?」と言いました。

「もちろん、どうぞ」

そう言ってご主人がふわっとコートをかけてくれました。

母はうるんだ目で、お値段を聞いていました。

「13万円です」

そうですか、検討しますと言って母は出ました。

 

「やっぱり、高いね。」

そう言って、母は黙り込みました。

しばらく歩いてカフェで休憩したとき、母は語りました。

独身の頃、本町通りに勤めていた時、

日本郵船にお勤めのお姉さんたち(←憧れのエリートだったらしい)がみんな、このコートを着ていて、

ずっと憧れていたの。

でも、どこに売っているのかわからなくて、その時には手に入れられなかった。

今日、初めて売っているお店を見つけて、嬉しかったわ。

でも、やっぱり手に入れられないわね。高かった…

 

母はあと何年生きられるかわからない状況でした。

私は、その次の日にすぐ、おしゃれの店カヨに行きました。

予約して、出来上がるのは半年かかるといわれました。

それまでに、再発しませんように…

その思いを込めて、予約しました。

このことは、母には内緒にしていました。

 

そして、出来上がったと連絡を受け、

サプライズで母に渡したときの、母の驚いた顔!

そしてとっても嬉しそうだったこと…

当時の私にも13万円は出したことのないほど高い金額でしたが、何の後悔もありませんでした。

そして、母がそのコートを着れたのは、たった2年でした。

 

母の亡くなった後、そのコートは私がもらいました。

しかし、生前母は「私が死んだって、あげないわよ」と言っていたため(理由は不明)、

着るたびにうんざりする気持ちになるコートになってしまいました。

結局、欲しいという人にあげてしまいました。

 

ところが先日、メルカリでカヨコートが出ているを見つけました。

母に買ってあげたとき、お店にはブラックウォッチの柄のものしかありませんでしたが、

予約しに行ったとき、棚には別のチェック柄のものがありました。

ご主人は「昔はこのチェック柄だったのよ。もうずっと着てくださってる人が修理に持ってきたんだけどね。」と言っていました。

そのチェックの柄のものだったのです。



 

わたしはこのカヨコートを見たとき、直感で「母が本当に憧れていたのは、こちらの柄のコートだ」とわかりました。

出品者様は、やはり若い時にこれを手に入れて、

受け取った時本当にうれしい気持ちになったのをずっと覚えていると説明していました。

エネルギー的にも良い感じ。

衝動的に購入していました。

 

それが今日、届きました。

説明どおり、すこし毛羽立ちがありましたが、私はご主人に聞いていたので知っています。

「本当に眼鏡にかなう良い布でなければ、このコートは作らない。

だからブラシを強くかけても、布は傷まない。何年も楽しめる。」

強めにブラシを掛けたら、どんどん毛並みがきれいに揃っていきました。

そして、ブラックウォッチの柄は、母の言動もあり、あまり好きではなかったのですが、

このチェック柄は、とってもかわいく、とっても気に入ったのです。

出品者さんの幸せな思い出も一緒に受け取って、私がさらに、愛用しようと思いました。

 

母のことを赦せていなかったら、手に入れなかったと思います。

母の幼い言動、それも受け入れたうえで、母が本当に手に入れたかったものを、私が手に入れる。

そして、それを愛でる。

過去のこだわりを克服して、なお、母に「本当だ、このコート、素敵ね」と話しかける。

乗り越えたなあ、わたし。

 

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おしゃれの店カヨのご主人に聞いた話をいくつか、載せておきます。

・高いからってしまっちゃわないで、普段からどんどん着たらいいのよ。

 たとえば自分の小さな子供と公園に行くときに着て行って、

 寒がったらそのコートの中にくるんで抱っこすればいい。

 →わたしだったら、とても公園用にはできません…汚れちゃうし。

  そこまでの修行はできていません…)

・(黒一色のコートが店頭にあったとき)見て、このブラック…。

 わたしの一番のおすすめは、このブラックなの。

 素材から色からすべてこだわったのが、これなのよ。

 →だそうです。ご主人の一番お気に入り、ブラックをお持ちの方は大事になさってください!

・たまにね、別の柄や色のものも作ることがあるのよ。

 ただし、本当に良い、気に入る布があればだけれどね。

 

風格のある、自信に満ちた、すてきなご主人でした。