今まで就活という言葉をこのブログでも何度も書きました。

私は、すごく人生というものを見つめながら、マイペースに就活をしていたら、こんな時期までかかってしまいましたが、



決まりました。



内定をある会社からいただきました!
第一志望である会社は結果待ちですが、内定をいただいた会社もとても魅力的です。


まだ第一志望に内定をいただいているわけではないのですが、勝手に悩んでいます。



私は前回の記事で、二つの選択肢で悩みがあるとしましたが、ある人にどんな会社でもやってみて、違うと思ったら、また考えてみたほうがいいんじゃないか、とアドバイスを受けました。


確かに、足踏みをするより行動してみて軌道修正する、ことのほうがいいのかなと思いました。


なにより、まだ私は若いし、縮こまる時期ではないのかなと。。



挑戦という意味では、どちらの会社も魅力的です。


自分の気持ち、やる気次第で上にも下にも行ける環境だと感じています。



あとは自分の決断だけです。

「決めて」「断つ」

自分の人生にとって最良の『決断』ができればいいなと思っています。

今日「スポーツ社会学」という授業がありました。

この授業は、

「ゲームの中のスポーツ(Wiiなど)はスポーツとはいえない」
というメジャーに行き通っている考えを
「スポーツは身体活動であるから」
という根本をくずすことで、考え直してみてほしいというのが主題です。


人間の今の考えというものは、

「過去の人からの影響」という変換機を通して

外に出てきます。


つまり、今ある考えは

「世の中のメジャーな考え」

というものに支配されてる場合が多いということなんです。



本題に入る前にもうひとつ話を。


「凍傷」という言葉は、日本人の私たちの中では

当たり前に存在し、

凍傷になる方も多くいます。


しかし、寒い地域である、北極か南極か忘れましたが、

そこに住んでいるイヌイットは、

凍傷にならないというのです。


それはなぜか???



それは、イヌイットの中に「凍傷」という言葉自体ないからだ


というのです。




私はこの話を聞いたときに




???




でした。

そりゃそうですよね?


私の中で凍傷は言葉を知っているし、

また、寒い地域ではなるものだと思い込んでいましたから。


凍傷という言葉がない、つまり凍傷という意識がない

イヌイットにとって凍傷にはなりえないというのです。


これだけではイヌイットの体が生理学的に

凍傷のできない体に対応したのだろう。



と考える人が少なくないと思います。


しかし、それは


人間の体が対応したのか


はたまた、言葉が生まれていないからならないのか


証明することなんてできないのです。



この根本になっているのはどんな考えかというと、

心身二元論という言葉があり、

これは「人間は心と体でできている」


という説です。



しかし、先生は言います。



「身体活動も、精神活動も結局脳が支配している」



痛いと感じるのも実は部位ではなくて『脳』


寒いと感じるのも

楽器を弾くのも

スポーツをするのも



実は『脳』




それを踏まえたときに、

ひとつの仮説が立てられます。



「言葉が生まれることで、脳はその実態を認知し、理解し、具体化する」



つまり、凍傷という言葉が生まれたから、

それがケガとされ、寒いとできると知られた。


だから、そのケガができる。



前置きが長くなりましたが、私が今日題にした、


『病気??』


というのも、これから派生した考え



昔は、精神の病気ってものなんて

認知されていなかった


へこんでいる子は、

がんばれって、めげんなって背中を押されて

また社会に出される。


多動が目立つ子だって

よく動く子だね、って普通の学級で育つ


それを、今は「病気」とする



それは、枠を決めてしまってるんじゃないの?


その子の可能性押さえつけてない?


病気って言葉に安心していない?



ってすごく思ってしまう。


でも私は、どっちが正解なのかわからないんだ。


病気の知識もない。

その子とおんなじ環境にいるわけでも、おんなじ気持ちになったんでもない。


だから、実際わからない。



でもね、人間の行動とかって

学問で研究されてるけど、


それを超える、違った行動、感情って人間には絶対あって。



だから、レールに乗っからないでほしい。


作り出された言葉にすべて従わないでほしい。


自分の脳をコントロールされすぎないでほしい。



違った見方も絶対あるはずだから。



って、ちょっと一人の友達にささげたい言葉なんだよね。



おしまい

今日はお世話になっている社長さんに紹介されたバイト(営業)の説明を聞くためにその社長に会ってきました。


いろいろ話をさせていただき、最後に言われた一言


『自分で起業したほうがいい。女であることがもったいない』



すごいだろ?って自慢したい訳じゃない。


別にすごくもないか。



この言葉で、私は今までぼんやり悩んでいた二つの選択肢がはっきりと浮かんできた。



二つの選択肢それは




①キャリアウーマンになる


②ふつーに仕事をし、ふつーの家庭を持ちふつーの生活をする




どちらが幸せか?



そんなん、どっちも幸せで、でも幸せの形が全然違う。



②に関しては


私は女として生まれて、女としての幸せを手に入れたい。


旦那がいて、子供がいて、土日には公園で家族みんなで遊ぶ。

生活でき、適度な遊びができる収入で、楽しく暮らす。


最近は、いろいろな人と会い、違う環境に飛び込みまくっている私は世の中の知らなくてもよかった部分まで見えてくる。

それもすごくやだ。


お金で自分も含め、様々な人や環境が変わるのも知ってる。


そんなん直視できない。



①に関しては


人の下で働くことに果たして私が満足できるのか?


私の夢である、「私の回りの人を幸せにしてあげたい」は②の人生で叶えることができるのか?


人に認められることに喜びを感じている私が、②の人生で満足できるのか?



①の人生を選ぶ場合、今の自分では到底スキル的、人間的にまだまだ無理がある。


これから、更なる挑戦が必要なのである。



今の就活では、①の夢は叶えることができない。




方向転換、そして覚悟が必要である。




どっちにしても私は人生で「子供を育てる」のだ。


これは、絶対したい人生の一部。




もーなんだかわからない。




私は何が1番したいのだろう?


人に認められたいの?


回りの人を幸せにしたいの?


どーすればできるの?


幸せなふつーの家庭を築きたいの?


お金がほしいの?



これも私の苦手な優先順位付けが必要なのかな?


誰かに相談してみよう。