「動くなお前ら!このバスは今から俺らがジャックする!」



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



「だから言ったんですよ、先輩」


弱ったように言う広報部山口に俺は小声で答えた。


「なにがだ?」



「だから、ピクニック気分でこんなとこに来ない方がいいって言ったじゃないですか」


「じゃあ、お前はあれか?こうやってバスに乗ったらジャックされるとでも思ってたのか?」



「そうじゃないですけど、僕らって、取材に出かけるといつも変なことに巻き込まれるじゃないですか」



「一理あるが・・・それは俺が一流だからだ。一流の探偵の周りには事件がなぜか多発するだろ?あれと同じだよ。」



「先輩、それドラマの話ですから」


俺達がそんな会話をボソボソとやっていると、黒づくめの男の一人が気づいて近づいてきた。



「おいおいおいおい、そこのおっさん。喋ったよな?今、あん?喋っただろ?」


おっさんとは俺のことだろうか。



いささか年をとったものだ。


俺が自分の老に悲観的になっている間、通路側に座った山口は恐怖のあまり震えていた。



そのとき、俺達の後ろの席から甲高い声が響いた。


「喋るな、とはいってませんよね?」



「あん!?」


綺麗な顔立ちで自信ありげな表情をしたまま、野中くんはまっすぐにくろづくめを睨んだ。



くろづくめはすぐに顔を赤らめた。



「お、おいっ!・・・女かよっ・・・調子狂うな、全く・・ああ、胸がドキドキ・・じゃなくて、おまえら黙ってろ!」



野中くんから視線をそらし俺達の方を向いて威嚇した。


そして運転席の方へ戻っていった。



「ちょっと待ちなさいよ!」


野中くんだ。



「あん!?・・・あ、」


野中くんは男の足元にしゃがんでなにやら男の靴に何かをしている。



「靴紐、解・け・て・る・ぞっ!」


野中くんは渾身のスマイルに極上のウインクを加えて男に対し、先ほどまでとは真逆の女の子らしい態度を見せる。



まさに飴とムチの応用編



これに対して男は――――


「・・・俺は恋をしてしまったのかもしれない」




まんざらでもなさそうだ。





恋に落ちた男は、自分の犯した罪の意識に駆られる。



「ああ、俺はこんな可愛い子が乗っているバスをジャックしてしまった。こんな罪、死んでも拭いきれない。ああ、どうすればいいのですか、神様。」




「おお、ジャックよ。お前はまだ罪など犯してなどいやせんよ。まだ間に合う。まだ警察にはばれてないんだからな。お前を希望へと導いてくれる道を今から教えるからそこの運転手に伝えるがいい。」



この男をジャック呼ばわりする神なんているのだろうか。



「はい。お願いします、神様」


お前もジャックで構わないんだな。



「そこの交差点を右に行け。そして三百キロは道なりだ。その周辺におそらく白と黒の車が止まっている建物があるだろう。そこに行くがいい。」



「ああ、なんてことだ、神様。白と黒の車、そいつはパトカーじゃないのか?」


「いやいや、お前、パトカーじゃねーよ。あくまでも白と黒の車であってパトカーじゃねーよ?うん、落ち着けってお前。あれだよ、あのお前が小さい頃好きだったパンダをモチーフにしたそうだ。」




「ああ、パンダか。・・・でも神様、俺は幼い頃パンダなんて別に好きではなかったのですが・・」



「いや、間違った。コアラだ!そうコアラ!いやー、よく間違えるんだよねー、俺。」



「いやー、神様でもそんなことってあるんだー・・・ってお前さっきの冴えないサラリーマンじゃねーか。何が神様だこのやろ!」



神様の正体は山口だった。



てかジャックどんだけ妄想?



そんなこんなでジャックは今山口に銃口を向けている。




「お前、俺をおちょくったな?」


「ひぃぃぃ」


「やめて!ジャック!ジャック・ニコルソン!!!」


「はい。やめますぅ」



ジャックは野中くんの言うことだけは聞いた。



だから俺は提案した。


「おい、野中くん。もうあの男を自首させよう。警察に行くようにお願いしてくれ」


俺の提案に野中くんは少し悩んでいた。


「えー・・・だって彼、私の言うことなんでも聞くんですよ?そんな人、刑務所に入れるなんて勿体ないじゃないですか。」



「え?の、野中くん!?」


「大丈夫ですよ。使えるだけ使って不要になったら自首させますから」



ああ、人の心は時として鬼になるのだな、と思った瞬間だった。