気持ちの切り替え | 35歳からの不妊治療の記録

35歳からの不妊治療の記録

33歳で再婚。早く子供が欲しいけれど、なかなか授からないまま35歳を迎えます。初めて婦人科で相談をして色々な検査を経て、タイミング治療からスタートしてみたけれど…。長く続く不妊治療の記録です。

おはようございます(^-^)
一昨日から、とうとう腰が伸ばせなくなり、まっすぐ歩くのも辛い状態になってしまいました( ┰_┰)


通っている病院に行こうにも、車の運転も痛くて出来ないしょぼん


昨日1日、有給を頂き旦那クンに病院へ連れていって貰いました。


今とても忙しい時期なのに本当に申し訳なくて、自分が情けなくてたまらなくなりました。


一昨日診察してもらった掛かり付け医で、ヘルニアが進行している。
歩けなくなる前にすぐ病院に行けとの事。


そんなこと言われても、今日の仕事は休むわけにも行かずショック!


昨日行った大きな病院で、ブロック注射と筋肉注射を2本打ってもらい、何とか普通に歩ける状態になりました。


以前にも採卵の時期に腰痛が激しくなってしまい、禁忌の出ている薬での治療となり、不妊治療は一時中断しました。


そして、その薬を飲みきったら暫く、もしくはずっと痛くなくなる可能性がある。という事だったので、とにかく期待をかけて飲みきりました。


でもその効果も私には2ヶ月程で無くなり、また腰痛持ちに。


そしてそんな経緯のあったなか、また今回の状態。


もう言葉にならない苛立ちと、自分が情けなさ。

仕事ではファイリングやデスクワークで、中腰の時間がかなりある。


だからといって、特別に扱って貰うなんて出来ない。

辞めなきゃいけない。
辞めたくない。


今の職場が本当に大好きだし、ただでさえ不妊治療でお金も稼がなきゃいけない。


でも、やっとここまでたどり着いた体外受精です。

一刻も早く妊娠したい。
その一心。


病院の先生は、並行治療は難しいからまずは腰を直してから。
卵は凍結してあるんだから、半年位後でもいつでも移植出来るじゃないか。
そう言うのだけれど。


ここまで来るのに2年。
先生の悪気の無いその言葉。
ですが、私にはズシンと重く心に乗っかって。


1回目の移植が駄目だった時、絶対泣かないと我慢していた気持ち。


私なりに懸命に前向きに考えて生活してきて


母親には
今まで妊娠しなかったものが、そう簡単に妊娠するわけないでしょ~よ( ̄▽ ̄)b

そう言っては自分に言い聞かせ、強気でいた気持ちの蓋が外れてしまったとでも言うのでしょうか。


洗面台でお化粧を落とそうにも、腰に電気が走り落とせない。

仕方無しに拭くだけコットンを買って落とす。


こんな腰で妊娠が出来るのかな…。赤ちゃんを抱っこして子育てなんて出来るの?


もう、気持ちは一気に急下降。


ヘルニアだからって赤ちゃんが産めない訳がない。


そんな事分かっているはずなのに、ろくに家事が出来ない自分に腹が立つ。


そして、何かにつけて涙が出てしまいます。


こんなんじゃいけない。
そう思うのに、先行きが見えなくなってしまってて。

取り合えず、妊婦さんにも影響が無いブロックと低刺激の痛み止め薬。
この治療で、暫く並行して治療を進めていきます。


早くこの滅入った気持ちに蹴りをつけなきゃ。


ついでに今日の超手抜き弁当も(^^;
ぽーりぃのブログ-2012102507500000.jpg


昨日のチャーハンと、冷食唐揚げと竹輪磯辺揚。

茄子の煮物と卵焼き、かぼちゃとウインナーのチーズ乗せ。
人参のレンジグラッセ。
焼き鮭。


今日も何だか彩りの悪いお弁当です(^o^;)


さて昨日休んだ分、今日の仕事は頑張るぞp(^-^)q

皆さま良い1日を過ごしてくださいね☆彡