さて、前回は冒頭だけでさっと終わってしまいましたので、今回はじっくりと解説していきます。長身腕長の変態が登場するシーンです。

 

 

*以下ネタバレです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恒例の粘土アニメによるオープニングを経てから、映画はいつも通り野原家のシーンに移ります。アクションソードの玩具が物差しに変わっていたり、謎の黒い犬であるクロを家に迎えたりしながら野原一家の日常が切々と描かれ、そして問題のシーンへ突入。

 

深夜、ゴーンという鐘の音にふと目を覚ましたしんのすけは、鐘の音の数を13回数え、今が13時であることに疑念を抱きます。そして、外の様子に違和感を覚えたしんのすけが玄関の扉を開けた先には、見たこともないような不思議な町が広がっていました。驚きながらも楽し気に町の中を走り回る彼の前に、スーツ姿をした長身の男「マック・ラ・クラノスケ」、そしてその相棒のイタチの「チタイ」が現れました。「ヘンダーランド」で言うところの「クレイ・G・マッド」ポジションです。マックはしんのすけが選ばれし者であることを確認し、仲間に引き入れるため、お金をエサとして契約書を書かせようと歌と踊りまで披露しながら迫ります。金銭に特段興味のないしんのすけは子供らしく断り、マックの怒りを買うも、間一髪で逃げ切りました。

 

 

ダラダラと書き連ねてみましたが、このマックがしんのすけを誘う際に歌った挿入歌「金、金、お金」(作詞:本郷みつる、作曲:荒川敏行、歌:宮本充)、この歌詞の意味を、多くの人は一般社会に対する皮肉であると単純に考えてしまっています。中には、中国のことを歌っているのではないかという意見の人もいるのですが、実はまさにその通りで、この挿入歌は、中国政府が各国に供出している「チャイナマネー」の危険性を克明に記したものなのです。もちろん作詞は本郷監督であるので、この歌が監督が発信したいメッセージに直結することは明白なのですが。以下は、中国の支配力の影響を記した著書「サイレントインベージョン~オーストラリアにおける中国の影響~」の著者クライブ・ハミルトンが、日経ビジネスのインタビューに答えた際の記事から引用したものです。

 

「2005年、オーストラリアに亡命した在シドニー領事館の中国人外交官は『中国共産党がオーストラリアに深く入り込んでいる』と既に警告していました。ただ当時は誰も注意を払わず、具体的な対策が取られることもありませんでした。何年も経ってようやく、彼の警告が正しかったことが分かってきたのです。」

 

(2018/6/29, 飯山辰之介. 中国の「静かなる侵略」は阻止できるのか. 日経ビジネス

https://business.nikkei.com/atcl/interview/16/062100026/062600003/)

 

この、「深く入り込んでいる」の2005年当時に意味するものはなにか、日本ではどうであったか、詳細はわかりませんが、記事から読み取るに、チャイナマネーによる政治家の買収などでしょう。このようにサイレントインベージョンの脅威は、実は2000年代から知られていたことでした。静かに迫りくる中国の影の脅威が、まさかの「クレヨンしんちゃん」という一般向けファミリーアニメの劇場作品で歌われていたことについては驚嘆の域を超えます。何しろ、欧米各国が中国のサイレントインベージョンに対し本腰を入れて対処し始めたのはつい最近のことだからです。そんな馬鹿なと思われるかもしれませんが、率直に申し上げれば、散々中国の話題を取り上げた上で、この挿入歌が単なる社会を皮肉ったものであるとは到底考えられないのです。

 

この歌詞のうち、「戦車もテレビ局も政府も」、「お金儲けが悪いことですか」という歌詞は実に恐ろしいですね。現実に、中国の新型コロナ感染に関する情報隠蔽問題でも、各国の政府やマスコミ、さらにはWHOのテ泥(ドロ)ス事務局長まで、チャイナマネーを理由に中国の擁護や他国の批判をせざるを得ない状況に置かれているのですから。中国防衛大学の教授が2019年、朝日新聞のインタビュー(2019/5/15, (インタビュー) 米国超え、中国の夢 中国防衛大学教授・劉明福さん. 朝日新聞) に対して、「米国を追い抜くことは犯罪ではない」と述べたように、「お金儲けが悪いことですか」という考えが、こうした中国の外交戦略の正当化を支えていることは想像に難くありません。日本はおろか、アメリカでさえも気付かなかった、まさに公開当時から今日に至るまで経済大国へと成長を遂げていく中国の狡猾な外交戦略の展望が、この歌では表現されていたのです。

 

*余談ですが、13時時計は早稲田予備校に設置された実際に存在する時計で、見ると別の世界にいるような感覚になる、といったコメントがネットに流れているように、異世界の物であることを感じさせるためこの映画で採用されたアイディアだと考えられます。マックが時計を見て「ちょうどいい」と口にしたのは、ドン・クラーイと地球の時差が時計で修正されていたからです。ドン・クラーイでは、1日が26時間、つまり半日が13時間なので、マックが訪れた際の地球との時差は1時間。つまり、マックがしんのすけの前に示した時計の時刻は地球時間で午前1時15分であったと思われます。前日からマックが視察に来ていたことを考えると、ひょっとしたら3時間ずれて、地球時間で午前3時5分である可能性も否定できませんが、前者の方が、この後のもう一人の悪役初登場シーンの時刻に近いので有力でしょう。この辺りはあまり深く考えるとややこしくなるので、あくまでも「しんちゃんの世界」の設定であるという程度にとどめておくこととします。短針と長針を同じ長さにしたのも、そうした視聴者や制作者側の混乱を防ぐためかもしれませんね。

 

この日から、昼間の世界、野原家の日常と共に、現代社会の負の要素が描写されるようになります。政治の汚職問題の報道から家族間の些細ないざこざ、満員電車でのストレスまで、一般の人々なら見覚えのあるような光景が描かれています。そして、しんのすけが夜の間に体験した話を誰かにしても、信じてもらえないというシーンが続く。このようなシーンが、視聴者の映画に対する見方を錯綜させてしてしまう原因となっているのですが、この後繰り返し登場するので、後程説明します。

 

次回は、今作のもう一人の悪役である、スタイル抜群なお姉さんの登場シーンをメインに紹介しながら説明していきます。