間違えるにも程がある
私が大学生の頃だ。
タイの帰国子女を大学の後輩に迎え、彼のナビゲーションでタイに連れられた私は、まもなくしてタイという国のトリコになった。
そして旅行は徐々にエスカレートし、数ヶ月間にわたってアジアを放浪する、よくありがちなバックパッカーもどきになっていた。
そんな頃だった。
バンコクから東北部イサーンの主要都市をいくつかまわり、その後タイ北部からバンコク、そしてタイ南部へ一気に下るルートの中で、私はハジャイという町にいた(今はハート・ヤイというらしい)別にコレといって旅の目的は無かったのだが、前日意気投合したイギリス人との会話の中に出てきた 「シンガポールスリングをシンガポールで飲む」 というアクションがとてつもなく魅力的な行動に思えた私は、その足で翌日のシンガポール行きバスのチケットを取っていた。
場末のバーでいつも通りビリヤードをし、夜の街灯に群がる虫のように集まる酒と玉撞きを愛する連中と遊んでいたとき、一人のオーストラリア人がふとつぶやいた。
「なあ…俺、漢字のタトゥーを入れたいんだ。でも俺は漢字が分からないから、日本人のお前に着いてきて欲しいんだ。どうだ?」ヒマな旅行者同士、何も遠慮することはない。それもいい暇つぶしと考えた私は二つ返事でそれを了承した。
当時、タイの欧米人の間では漢字が流行し、タトゥーのみならず彼らのTシャツにも漢字が踊っていたのだ。
はたして次の日、待ち合わせの場所には 彼はついに現れなかった。
そのままシンガポールへ向けて出発した私は、20時間以上にわたる夜行バスに揺られ、物価の高さに辟易しながらシンガポールでの数日間を過ごした。
その後マラッカ→コタバルなどのマレーシアの町を北上し、再度ハジャイに降り立ったのはそれから1週間ほどたった頃だった。
いつものバーに顔を出すと、そのオージーは悪びれもせずに私に愛想を振り撒いた。
「ごめんごめん。いい女がいてさ、どうしてもいけなかったんだよ。シンガポールはどうだった?」
「どうも好かんね。ただシンガポールスリングは飲んだぜ。で、タトゥーはどうした?」
「入れたよ」「誰に手伝ってもらった?」「誰にも」
彼は、自分のフィーリングに従って漢字を選んだのだ。
とはいえどうせカタログから選ぶんだ。「忍」とか「忠」とかそんなところだろう。
「で、お前が選んだ漢字、何を基準に選んだんだよ」
「いやなんかね、 フィーリング なんだ。パッとひらめくっていうか、単純に形も スクエア で好きだったし、なんていうか、 男らしい 感じがしたからもうそれに決めたんだ」
「意味は?」私は彼の腕のガーゼをはがしながら聞いた。
「分からない。入れた奴が中国人じゃなくてタイ人だったからさ、聞いても分からないって言ってた。」
ぺりぺり。。
ふと目に付いた漢字。あれ?
台所
…………………………。うん、台所。だね。間違いない。
「フィーリングなんだ。パッとひらめくっていうか、単純に形もスクエアで好きだったし、なんていうか、男らしい感じがしたからもうそれに決めたんだ」という事なので、 主夫として男らしく生きていこう と決意したのでしょう。誰にも止める権利はありません。
「なあ、どんな意味だ?」
「キッチン」
「……。」
「キッチン」
「……。」
「…キッチン。」
彼の顔が今も頭を離れない。
【教訓】餅は餅屋。自分でやらずに得意な人に任せるのも大事。
でもまあ、どうでもいい。
タイの帰国子女を大学の後輩に迎え、彼のナビゲーションでタイに連れられた私は、まもなくしてタイという国のトリコになった。
そして旅行は徐々にエスカレートし、数ヶ月間にわたってアジアを放浪する、よくありがちなバックパッカーもどきになっていた。
そんな頃だった。
バンコクから東北部イサーンの主要都市をいくつかまわり、その後タイ北部からバンコク、そしてタイ南部へ一気に下るルートの中で、私はハジャイという町にいた(今はハート・ヤイというらしい)別にコレといって旅の目的は無かったのだが、前日意気投合したイギリス人との会話の中に出てきた 「シンガポールスリングをシンガポールで飲む」 というアクションがとてつもなく魅力的な行動に思えた私は、その足で翌日のシンガポール行きバスのチケットを取っていた。
場末のバーでいつも通りビリヤードをし、夜の街灯に群がる虫のように集まる酒と玉撞きを愛する連中と遊んでいたとき、一人のオーストラリア人がふとつぶやいた。
「なあ…俺、漢字のタトゥーを入れたいんだ。でも俺は漢字が分からないから、日本人のお前に着いてきて欲しいんだ。どうだ?」ヒマな旅行者同士、何も遠慮することはない。それもいい暇つぶしと考えた私は二つ返事でそれを了承した。
当時、タイの欧米人の間では漢字が流行し、タトゥーのみならず彼らのTシャツにも漢字が踊っていたのだ。
はたして次の日、待ち合わせの場所には 彼はついに現れなかった。
そのままシンガポールへ向けて出発した私は、20時間以上にわたる夜行バスに揺られ、物価の高さに辟易しながらシンガポールでの数日間を過ごした。
その後マラッカ→コタバルなどのマレーシアの町を北上し、再度ハジャイに降り立ったのはそれから1週間ほどたった頃だった。
いつものバーに顔を出すと、そのオージーは悪びれもせずに私に愛想を振り撒いた。
「ごめんごめん。いい女がいてさ、どうしてもいけなかったんだよ。シンガポールはどうだった?」
「どうも好かんね。ただシンガポールスリングは飲んだぜ。で、タトゥーはどうした?」
「入れたよ」「誰に手伝ってもらった?」「誰にも」
彼は、自分のフィーリングに従って漢字を選んだのだ。
とはいえどうせカタログから選ぶんだ。「忍」とか「忠」とかそんなところだろう。
「で、お前が選んだ漢字、何を基準に選んだんだよ」
「いやなんかね、 フィーリング なんだ。パッとひらめくっていうか、単純に形も スクエア で好きだったし、なんていうか、 男らしい 感じがしたからもうそれに決めたんだ」
「意味は?」私は彼の腕のガーゼをはがしながら聞いた。
「分からない。入れた奴が中国人じゃなくてタイ人だったからさ、聞いても分からないって言ってた。」
ぺりぺり。。
ふと目に付いた漢字。あれ?
台所
…………………………。うん、台所。だね。間違いない。
「フィーリングなんだ。パッとひらめくっていうか、単純に形もスクエアで好きだったし、なんていうか、男らしい感じがしたからもうそれに決めたんだ」という事なので、 主夫として男らしく生きていこう と決意したのでしょう。誰にも止める権利はありません。
「なあ、どんな意味だ?」
「キッチン」
「……。」
「キッチン」
「……。」
「…キッチン。」
彼の顔が今も頭を離れない。
【教訓】餅は餅屋。自分でやらずに得意な人に任せるのも大事。
でもまあ、どうでもいい。