この前の日々で「こんなときに」ってたくさん書いていて、読んだときにすごく複雑なきもちになりました。
自分で言ったにもかかわらず、なんだか嫌なことばだなぁと。
もう使うのやめよう。
そうしよう。


ことばつながりでもう一つ。
このところの報道で、「壊滅」「汚染」ってことばを聞くたび発狂しそうになります。

僅かでも希望を持ってる人がいる。
簡単に壊滅なんて言わないで。

わたしの愛する福島は汚染なんてされたりするもんか。

ってやり場のない怒りでぶるぶるするしまつ。
どこにもぶつけられないので1人でうなってます。


希望を奪わないでください。
誰にもそんな権利はない。


さいきんついったーでも非難のことばとか暴力的なことばがあふれていて、見ているとつらくなります。
避難しても何もうまれないし、建設的じゃない。
愛のないことばは聞きたくない。

ついったーって誰かのつぶやきに誰かが気づいて、つながったりひろがったりしてハッピーになるような、そういうのをイメージして作ったんではないのかなぁ。
作ったひとの想いを超えて、ちょっと悲しい使われ方だなと思ったり。
(もちろん救われる場合もあるのだけれど)
そんなわけでついったーの頻度を落とし、しばらくテレビを消すことにしました。


3/11以降、人の気持ちや言葉や感情に触れたり見たりする機会が増えて
嬉しかったり、温かい気持ちを分けてもらえることも多いけど
悲しくなったり、時には怒りを感じることももちろんあるわけで。
気持ちと身体が落ち着きません。

そしてわたしは何もできてないなぁと悲しくなります。
悲しくなって自分の無力さが嫌になっての繰り返し。
どうしたものかとおもっていたら、なんだかしっくりくることばをみつけて
「なるほど」となっとく。
それは田口ランディさんのブログでした。
→http://runday.exblog.jp/16121929/


今じゃない未来を想って不安になるよりも、今に意識を集中して精一杯やるしかない。
ことばでは簡単に言えるけど実際は難しい。

でも今何かしていないと不安で潰されそうになってしまうのも確か。

とゆーわけで、なんの役にも立たないかもしれませんが
わたしはお菓子を作りつづけようと思います。
時には誰かのおなかを満たすことができるかもしれない。

誰かを笑顔にできるかもしれない。

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