こんばんは りかですかお


昨日は、自死遺族としてテレビの取材を受けてきました。


専門家育成塾の先生を通してですが、

取材協力依頼を受け、インタビューと撮影に

協力させていただきました。


メインは先生の活動の紹介ですが、

先生の指導の下、

自死遺族で専門家を目指す受講生として

紹介されるようです。


放送は北海道のみの放送ですが

11月8日(木)HTB(北海道テレビ放送)

のニュース番組内での特集のコーナーで、

18時15分~オンエアということだそうです。



心のケア【道東】中標津・別海・スカイプ対応☆おとぎ話のタロット&カラーセラピーと無料心理カウンセリング☆-201211011447000.jpg



今回、匿名での出演や音声を変えてなどでも

対応可能ということでしたが、

実名・顔出しで取材協力させていただきました。


どんな風に編集され、映っているのか!?

ドキドキで自分ではあまり見たくありませんがsei



先生の活動がメインで紹介されるので、

北海道在住でご興味のある方は

よかったら放送をご覧になってみてはいかがでしょうかニコニコ




今日も読んでいただき、ありがとうございます。







こんばんは りかです。



今日は、講座の原稿作成をするために、

数年前の自分を少し振り返りたいと思い

mixiに綴っていた日記を読み返してみました。


今は、mixiはほとんど使用していませんが、

数年前、子供が小さくて時間があまり取れない中

自分の中に溜まっている思いを吐き出したくて

必死で書いていた記録が残っているので、

そのまま保存してあります。



その中に、父の9回目の命日に書いた日記がありました。


父が亡くなった日の一部始終が書いてあります。


当時は、まだグリーフ・ワークにも取り組む前で

人前で話せることではないと思っていたため、

友人までの公開で日記をアップしていました。


その当時は、まだかなりの感情麻痺の中にいたので、

書いた日記を読み返しても、

あまり感情が動かない自分がいました。



久しぶりに読み返してみて・・・

改めて大変な出来事だったのだなと感じました。


13年経って、ようやく語れるようになってきた自分がいます。


同じ経験をした方のお役に立てることもあるかもしれない。


そう思うので、ここに転載しておきたいと思います。



人によっては、辛すぎる反応が出てしまうかもしれません。


そういう反応が出てしまいそうだなと感じられるかたは、

読まない選択をされた方がよいかと思います。




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2008年4月29日の日記 ~mixi日記から転載~



今日は、亡くなった父の9回目の命日です。


この日は、やはり9年前のあの日を思い出します。
まだ私の中では、昨日の事のように鮮明に蘇ります。


話す事は放す事。

だけど、父の事を話す事には抵抗があります。

でも本当は、こんな事があったんだ、とたくさん聞いてもらいたい。


なかなか人には話す事が出来ない事だから、
ここで書かせてもらいたいと思います。

読んで気分が悪くなるような部分もあるので、読まないほうがいいと
思う方はスルーしていただいた方がいいかと思います。



9年前の今日、父は自ら命を絶ちました。


その日の朝、当時一人暮らしをしていた私の部屋のチャイムが
なったような気がして、目が覚めました。

時計を見ると、六時。こんな時間に誰も来るはずがないと思いながら、
あたりの物音に耳を済ませてみましたが、物音もせず。
やっぱり夢だった?と思い、そのまま、また少し眠りました。


その日、私は夜になったら夜行バスで友人と一緒に、札幌に
行く予定でした。その少し前に札幌に引っ越した母のところに
何日か滞在するつもりだったので、出かける前に部屋を掃除
していこうと、昼すぎから掃除をしていました。


そこへ、外から救急車の音が聞こえてきました。

「あら~救急車だ。どこの人だろうな~」なんて考えていました。


それからしばらく経って、部屋の電話が鳴りました。

出てみると祖母からで、なんだか様子がおかしい。

でも、電話の調子がおかしくて、向こうの声は聞こえるのに、
こっちの声が届かないみたい。


そのうち電話が切れてしまい、一体何?と思っていたところに
また電話が鳴り、今度は神奈川県に住む弟からでした。
弟が言うには「なんか・・・おやじが事故って死んだらしい・・・」
そういえば、さっきの救急車だろうか?


そこへキャッチホンが入り、今度は兄嫁から電話。次は母から。

とにかく自殺をしたらしいという事はわかり、札幌に行く予定は
キャンセルのため、友人に電話して夜行バスのキャンセルを頼んだ。


状況がよくわからないので、とにかくすぐそばにある実家に
行ってみなくてはと思い、実家に行くと、祖母と叔母と、近所の人。


祖母と叔母は、呆然自失という感じで、「もうだめだと思う」と。

救急車で病院に運ばれて行ったという事だけはわかったので、
病院に電話をして、救急車で運ばれた男性がいるかどうか、
死亡しているか確認をしてみたけど、イマイチ事態が飲み込めず。

とにかく病院に向かおうと思い、車で30分かかる町立病院へ
一人で向かった。

行く前に、病院の近くに住んでいる現在の夫(まだ結婚前)に
先に病院へ行って、待っていてほしいと電話しておいた。


とても天気のよい日だった。病院へ向かう車を運転しながら、
頭の中は真っ白で、何も考えられなかった。


病院のロビーで、彼(現在の夫)が待っていてくれた。

身元確認をするために霊安室の前で警察の人が待っているからと、
彼と二人で、病院の地下にある霊安室へ行った。

廊下を歩いていて、何だか自分が自分じゃないような、夢の中を
歩いているような感覚だった。


霊安室では、床にビニールシートがひかれ、その上に遺体が
寝かされ、さらに上にビニールシートが掛けられていた。

でも、足だけは出ていたので、足を見てすぐ父だとわかった。

ビニールシートをめくり、父の遺体を確認した。


まだ首に縄がついたままで、目は見開かれ、髪の毛は逆立っていた。

その顔を見たときの感想は、蝋人形みたいと思った事と、
兄とそっくりだな~と思った事。涙は出なかった。


遺体の確認が終わったので、看護士さんが来て遺体の死後処置を
してくれた。一緒に遺体を拭いたりしていたら、涙がこぼれてきた。


そのうち母方の叔父、叔母さんたちが駆けつけてくれた。

ロビーの方には、父方の親戚の人も何人か来てくれていた。

母が遺体引取りの手配をしてくれて、葬儀社の人がくるのを
霊安室で待っていた。


葬儀社の人が来るのが遅く、ずっと待って、ようやく遺体を運び出し、
私は警察所に寄って書類を出してから、実家へと向かった。


やっとの思いで、実家に辿りつくと何やら不穏な雰囲気。

聞くと、先に実家に着いた母方の身内と、父方の身内で
ひと悶着あったとの事。


家の中に入ってみると、父の遺体が寝かされている枕元で、
祖母が父の名前を呼びながらずっと泣き続けていた。


電話が鳴ったので出てみると、新潟にいる父方の叔母からだった。

とりあえず亡くなったとの連絡は入ったものの、その後の事が
何も連絡が来ないので、痺れを切らせて電話してきた様子だった。

叔母から「いくら待っても連絡よこさないで、何やってるの!
こっちは遠くから行かなきゃならないんだから、早く連絡して
くれないと困るんだから!」と。


ようやく実家に辿りついた私に、その言葉はとてもキツかった。
でも、相手の気持ちもわかるし「ごめんなさい」と謝るしかなかった。


その後私は、葬儀の手配をするために集まってくれている町内会の人
たちと、葬儀社の人と葬儀についての打ち合わせ。

といっても、何もわからないので、母方の叔父がついてくれて、
いろいろ決めてくれた。連休に入ってしまうので、その前に通夜・葬儀
を執り行わないとならないので、次の日に通夜、その次の日に告別式
ということになった。


それが終わって、遺体を着替えさせてくれる方がいろいろ処置をして
くれた。そうすると、亡くなった時の顔とは見違えるように、
綺麗で安らかな寝顔のようになった。すごい技術だ~と思わず感動。


そして深夜になって、母が札幌から車で到着し、
間もなく仮通夜をするために、お坊さんも到着して、仮通夜をした。

その後、兄家族と、弟も帰って来た。遺体を目の前に号泣していた。


通夜の時は、途中で祖母が突然倒れた。

私は小学校三年くらいまで、祖母の家に預けられ、祖母に育てられた
ので、ここで、祖母にまで死なれるのは嫌だ!と思い、
必死で着物の紐を緩め、救急車!!って叫んでいた。

幸いすぐ意識も戻ったけど、念のため病院へ。


告別式も終わりいよいよ遺体を焼く時に、それまで淡々としていた兄が
「おやじ!起きろ!!戻ってこい!!」と叫び、床につっぷして号泣。


本当にあっという間の数日間だった。

その間私は一睡もせずにいたので、さすがに疲れからか、熱を出した。
その後一ヶ月くらいずっと風邪が抜けなかった。


父が亡くなって、一年ぐらいはまともに眠れなかった。
不眠、というほどではなかったけど、夜中に何度も何度も目が覚めた。


検死の結果、父の死亡推定時刻は、朝六時半頃ということだった。

今でも心にひっかかるのは、あの日の朝、部屋の呼び鈴がなったのは
本当だったのか、それとも夢?だったのか。
今となっては知る由もないんだけど。
あの時、私が何か気づいていれば、こんな事にはならなかったかもと、
何度も思わず考えてみたり。



でも、もうあれから9年も経つのかと思うと、時が過ぎるのは
本当に早いな~と感じる。その間、たくさんの葛藤と出来事が
あって今に至るんだけど。


この一年ぐらいでようやく、自分にとっての父の死の意味を
見つける事が出来てきた様な気がします。




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転載は以上です。



長くなりました。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。





またご無沙汰しておりました~あせる

りかです。



突然ですがひらめき電球


これからの一年間、学びの仲間と二人で

「心の学びプロジェクト」として、

釧根地区各地で「心の回復のためのミニ講座」

を開催していきますビックリマーク



別海をはじめ、釧路、根室で開催する予定です。



仲間と私のお互いの経験と個性を活かし、

実際に役立つ心理のお話をしていきたいと考えています。



まず第一弾として、

12月に別海でミニ講座を行う準備を進めています。



「心の学びプロジェクト」として、

ミニ講座のほかにもイベント的なものも考えています。



関わって下さる方達の意見も参考にしながら、

企画・実行していけたらいいなと思っています音譜



これからどんな形になっていくか、

どんな出会いがあるのか!?

楽しみにしながら、活動していきたいですニコニコ