前の記事の続きです。
私が住んでいる地域では、
まだまだこういう面では遅れているので、
自死遺族の会なども札幌などと違ってほとんどなく、
また、あっても人が集まらないという現状があります。
その原因の一つとして、地域性があると思います。
田舎なので、情報が得られにくいということと、
どこの誰が何をしているというのがすぐにわかってしまうので、
自助グループで大切にしている匿名性が
保たれないということもあると思います。
あとは、大切な人を亡くしたという喪失の中でも、
自死は語られにくいという側面があるということも
原因の一つになっているのだと感じています。
遺族のグループに参加することのメリットは、
自分の体験を話せる場があるということ、
同じ経験をした仲間と出会えるということ、
また、大切な人を自死で亡くしたという経験の中でも、
親を亡くした人であったり、子供を亡くした人であったりと、
それぞれ立場が違うと、それぞれ感じ方が違ったりするので、
自分とは違う立場の人の気持ちを聴けるということがあると思います。
自分とは違った立場の方の話を聴くことで、
今まで見えていなかった他の立場の人の気持ちを
理解出来るようになってきたりします。
ただ、デメリットとしては、
それぞれが悲しみや苦しさという、辛い気持ちを抱えているので、
哀しいことではありますが、比較が起こってしまうということもあります。
また、自分とは違う立場の方に対して、
怒りが湧いてしまったりということもあるかと思います。
だけど、それはそうなってしまうほどの辛さや苦しさがあるからで、
誰かがいいとか悪いとか、そういうことではないのですね。
私は、自分の周りに遺族のグループがほとんどなかったことで、
先にカウンセリングなどの専門的なケアに繋がりました。
そこでのケアが心の回復に大いに役立ちましたが、
それだけで回復できたわけではなく、
やはり同じ経験をした仲間に出会えたことも、
とても大きな要因だったと感じています。
今の日本の現状では、
まだまだそういったトラウマに対するケアが出来るところが少ないのと、
もし自分の周りにあったとしても、カウンセリングやセラピーには
保険が適用されないので、経済的に続けられないということも多いです。
昨年と今年と遺族の交流会に参加してみて、
分かち合いの会などの自助グループだけ、
カウンセリングなどの専門的な個人的なケアだけでなく、
両方が必要としみじみ感じていました。
私は運よくその両方と繋がることが出来たので、
今は、本当に気持ちが楽になることが出来ています。
自死に限らず、大切な人を亡くしたという喪失は、
とてもとても深い爪あとを自分の中に残します。
なので、専門的なケアやサポートが必要だと私は感じます。
遺族の方の中には、配偶者を亡くされ、その後子供までというように、
家族の中で複数の方が亡くなってしまったという方もいらっしゃいます。
一つの家庭の中で、自死が起きてしまうと、
その中で次の自死が起こる危険性がとても高くなると言われています。
それはなぜか、私は自分の経験からとてもよく理解出来ます。
私も回復するまでの過程の中では、
「こんな辛さをこれから一生抱えて生きていくなんて無理だ。私も死んでしまいたい。」
と何度も思いました。
自死を気付けなかった、止められなかったという
自責感や罪悪感に押しつぶされそうになり、
自分が(も)死んだ方がいいのではないかと思ったり、
いつか自分もそうなってしまうのではないかという恐怖もありました。
大切な人や物を失ったという喪失の傷から回復するということは、
そのことについて考えなくなるとか、悲しまなくなるということではありません。
その「悲しみと共に生きていけるようになること」です。
どんなことをしても、失ったものは還ってはこないので、
癒したからと言って、悲しみや辛さがまったくゼロになるわけではないのです。
そのことを理解出来るようになるまで、私も時間がかかりました。
だけど今は、悲しみや辛さにフタをすることなく、
必要な時は必要な涙を流し、辛いと感じる自分を受け入れる
ことが出来るようになってきました。
私は遺族の一人として、微力ではありますが、
そのことを伝えていきたいと思っています。
長くなりました。
読んで下さった方、ありがとうございます![]()