金沢城(金沢市)
歴代の加賀藩主が長い年月をかけて築いてきた「兼六園」。
その藩主が住む「金沢城」は目の前。
落雷や火災で燃えてしまった「金沢城」。
明治時代には陸軍管轄になり、戦後には金沢大学として城跡は使われてきたとのこと。
平成7年に金沢大学が移転し、その後様々な復元事業が行われてきたようです。
1788年に再建された「石川門」。兼六園と金沢城を結びます。
最初に目に飛び込んできたのは、「河北門」の二の門。
平成22年4月に復元されました。当時のお城の大きさを感じさせます。
広々とした三の丸広場の先には「五十間長屋」と「菱櫓」と「橋爪門続櫓」の姿が。
総工費46億円、3年4ヶ月の工期を使って平成13年7月に復元した建物。
大人300円で内部を見学できるとのことで、入ってみることに。
三の丸から攻め込んできた敵から二の丸を守る、巨大な戦闘壁の役割をしていました。
当時の建築技法に忠実に復元された木造城郭建築物。
パネルなどでわかりやすく解説されています。
太い梁や柱が・・・。
重機などが無かった時代、一大事業だったことが伺えます。
バリアフリー設計されている部分が随所にありますが、やはり櫓に登る階段は昔のまま。
急勾配で狭く、薄暗い中ここで警備した人達は、ざぞ大変だったのでは。
櫓の上にも登ることが出来ます。
鉄砲などが飛び込んでこないようにと狭い視野の中外を。うわ~高い!
攻めてきた兵士に上から石を落とす「石落とし」が長屋の随所に。
一通り見終わり、二の丸広場から「極楽橋」を通り本丸方面へ。
二の丸から本丸に入る「鉄門」。しかし現在では鉄板が貼られた扉は現存していません。
本丸の中は「本丸園地」として植物の楽園になっています。
前田利家が入城後天守閣を築いたのですが、1602年に落雷により焼失。その後再建されず今に。
本丸にあった「戌亥櫓跡」から二の丸を望むと、市内も一望できました。
オッとここでタイムリミット。江戸の想いを離れ平成の地へ。
立派な石垣を見ては、歴史の雄大さを思い知らされました。
○「金沢城と兼六園」
公式HP:http://www.pref.ishikawa.jp/siro-niwa/japanese/top.html

