宇都宮城主戸田氏の墓所(英厳寺児童公園)
「宇都宮の軌跡:歴史と文化財を訪ねて」という案内看板が、各地に建てられています。
通りがかりにこの看板を見かけると、解説文を読むためつい立ち止まってしまいます。
どんなドラマが過去に繰り広げられたのか想像を膨らます事が出来る、素晴らしい案内看板です。
先日も平成18年度宇都宮市まちなみ景観大賞を受賞した「栃木いすゞ自動車 本社」をカメラに納めた帰り、
その看板には「宇都宮城主戸田氏の墓所」と記されていました。
滝澤病院さんの裏手に案内するように、矢印が伸びていました。
こんな住宅地の真ん中に何があるんだろうと歩を進めると・・・・。
住宅と住宅の間の細い路地に「宇都宮城主戸田家菩提所 英巌寺史跡」という碑が。
もしかしたら他人の家に入ってしまうのかと不安になりながらも路地に入ると、
現在は「英巌寺児童公園」という名の公園になっているのがわかりました。
突き当たりを直角に曲がると、鳥居と立派な墓石が目に入ってきました。
英巌寺は1710年に戸田忠真(ただざね)が宇都宮城主になったときに建てられたお寺。
お墓はなく、位牌堂があったお寺でした。
戸田氏のお墓は江戸牛込の松源寺にあったものを明治41年(1908年)松源寺移転のおり、ここ英巌寺に改葬されたとのこと。
正面には46代 忠恕(ただゆき)のお墓が。
立派な石垣に囲まれ、亀の背に乗るように墓石が建てられています。
この横にもいくつかのお墓がありました。
第47代忠友(最後の城主)の墓 尊次から忠明まで11名の名前が刻まれた墓碑
この英巌寺は現在お寺はありません。
お墓とベンチが1つだけ置かれている公園になっています。
英巌寺は明治初期の戊辰戦争で焼失し、イヌツゲだけが当時の様子を忍ばせてくれます。
広い境内に戸田家の位牌堂や僧堂などがあったようです。
普通は大きくならないので庭木として使われているイヌツゲ。
鳥居は戊辰戦争で焼失し、廃寺になったあとの明治8年に建てられたようです。
宇都宮城主のお墓というにはあまりにもひっそりした場所に建てられており、
過ぎた年月の長さを感じさせられました。
○「宇都宮城主戸田氏の墓所」(英巌寺史跡)
住所:宇都宮市花房本町
(追伸)
2007年1月27日~3月18日まで、「宇都宮城址公園完成記念イベント」として
「タイムスリップ・アドベンチャー~本多正純の財宝を探せ」という宝探しのイベントを実施中です。
この場所・・・・・手がかり3の場所ですよ。ぜひ市内を回って宝箱を子供達と探してくださいね。
http://www.akai-tori.com/utsunomiya/index.html
(春に撮影した公園内の見事な桜)2009年4月





