宇都宮城4
<宇都宮の歴史シリーズ 9>
現在、当時の宇都宮城の面影を残しているのは、
宇都宮市役所の北に生えている樹齢400年と言われる「大銀杏」くらいです。
三の丸と百間堀の境の土塁の上に立っていたとのこと。
つまり現在の栃木信用金庫 宇都宮営業所(元、宇信金本社)の場所は、堀の中だったわけです。
幾重にも大きな堀で守られたお城だったのが推測できるかと思います。
太平洋戦争でも宇都宮は空襲に遭いました。
2度目の焼け野原です。
当時宇都宮は「戦後の復興を優先」し、宇都宮城の堀に焼けた廃材を放棄しました。
今では考えられないことです。
これにより、堀は次々埋め立てられ、
最終的には昭和33年周囲の悪臭によるクレームから、最後の堀もすべて埋め立てられました。
905年に藤原秀郷が当地に亀ヶ岡城を築き、
1050年の歴史を持つ宇都宮城の面影は完全に消えてしまいました。
その後何度か、宇都宮城再建の動きはありました。
但し、当時の図面など重要文献が完全に焼失してしまっており、復元したくても出来ない状態でした。
しかし最近、鹿児島県で宇都宮城に関する重要文献が発見されました。
薩長藩が、戊辰戦争時に持ち出したのでしょうか。
その文献発見で、やっと宇都宮城再建計画がスタートしました。
平成14年に「よみがえれ!宇都宮城」市民の会が発足し、
現在平成18年度オープンに向け、工事が急ピッチに進んでいます。
復元計画に約8億円かかると言われ、その内の1億円を市民の募金により集めようとしています。
しかし現在集まった募金金額は4千2百万円。(平成17年11月21日現在)
平成18年度まで募金活動を続けています。
○「よみがえれ!宇都宮城 市民の会」

