飛山城史跡公園&二荒山神社
<宇都宮の歴史シリーズ 5>
当時の様子が残された平城として貴重な存在の「飛山城」。
永仁年間(1293年頃)芳賀高俊が築城したと言われています。
鎌倉時代から豊臣秀吉に廃城を申し受ける1597年まで平城として使われていました。
国の指定史跡を受け、大規模な発掘作業が完了し、
現在では当時の建物や堀・土塁なども再現され「飛山城史跡公園」として一般公開されています。
また2005年3月には、「とびやま歴史体験館」がオープン。
歴史を分かり易く、展示・体験できるようになっています。
と・・・伝達事項をまとめて書かせていただきました。
では実際はどんな場所なのか、お伝えしましょう。
場所は「柳田大橋」と「新鬼怒橋」の間。
国道408号線から入ることが出来ます。
現在は看板や道路も見違えるように整備され、迷わず行けるようになりました。
(以前は、城跡は見えても、どこから入ったらいいかわからなかった・・・)
看板に沿って進むと、大きな駐車場と「とびやま歴史体験館」が。
入場無料で様々な展示物が見ることが出来ます。
最新のデジタル機械を使い、分かり易く「飛山城」の歴史を学ぶことが出来ます。
また、わずなか金額で「体験学習」も。
勾玉つくり(300円) 甲冑(かっちゅう)衣装体験(300円)竹馬やはねつきなどの道具も用意され、これは無料で遊ぶことが出来ます。
この「とびやま歴史体験館」に車を停め、そのまま「飛山城史跡公園」に。
城を守る堀を越え、狭い門をくぐると広大な城跡が。
と言っても大きなお城が建っているわけではありません。
しかし幾重もの堀や土塁で守られた重要な場所があったのは、簡単に推測できます。
そこには、鎌倉時代・室町時代の頃と思われる復元された建物が建って中にも入ることが出来ます。
またこの飛山城は高台の自然の要塞になっており、隣を流れる鬼怒川越しに、宇都宮市内が一望できます。
1590年小田原北条氏が秀吉によって滅び、
その後宇都宮城に来た秀吉は、北条家に荷担したという名目で
多くの関東・東北大名を領地没収などの処罰を行いました。(宇都宮仕置)
(注)この小田原北条氏は、あの鎌倉時代の北条家とは無縁とのこと。
昨日、会社の室町学士に教えていただきました。 (感謝)
1597年には、名門と言われた城主22代宇都宮国綱も秀吉によって追放され、
芳賀氏も同時に滅亡させられてしまいました。
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北の守りの要所とされた宇都宮。
鎌倉時代には奥州藤原氏を攻めるため、
源頼朝が宇都宮大明神(現:二荒山神社)に祈願したりと、重要な拠点とされてきました。
(正式には宇都宮の二荒山神社は、「ふたあらやまじんじゃ」だって知ってました?
「ふたあらさん」だと、ずーと思ってました・・・。
ちなみに日光の二荒山神社は、「ふたらさんじんじゃ」と読みます。)
と同時に宇都宮氏の力も増大。宇都宮歌壇と言われる歌人を多く排出しました。
古くは二荒山神社の南側は湿地帯になっていて、「池ノ辺」と呼ばれていました。
平安の終わりに藤原宗円が二荒山神社の社務職なり、下野の国を治め、
3代目藤原朝綱になって、二荒山神社の別名「宇都宮大明神」から「宇都宮」の名を頂き、
宇都宮氏を名乗るようになったようです。その後鎌倉時代になると、地名としても使われることに。
中世の宇都宮は、まさに二荒山神社の門前町として発展していったのです。
但し当時のモノはほとんど残っていません。
国の指定重要美術品とされているのは、
鎌倉時代の「鉄製狛犬」と南北朝時代の「三十八間星兜」のみ。
残念ながら、中世の面影は残されていません。(この件については、後で書きます)
中世の宇都宮の姿を思い巡らすに最適な場所が、この「飛山城史跡公園」です。
○「飛山城史跡公園」「とびやま歴史体験館」
住 所:宇都宮市竹下町380-1
開園時間:9時~17時(但し、飛山城史跡公園のみ11月1日~3月31日までは16時30分で閉園)
入場は、閉園30分前まで
料 金:無料(一部の体験学習のみ有料)
休館日 :毎週月曜日(この日が休日の場合は、翌日)
年末年始(12月29日~1月3日)
公式URL:http://www3.city.utsunomiya.tochigi.jp/kids/pages/tobiyama/tobiyama.htm
○「二荒山神社」
住 所:宇都宮市馬場通り1-1-1
電話番号:028-622-5271









