危険と隣り合わせ
今年も各地で「水の事故」がありました。
事故のニュースを見ていると、被害者が私の子供と同じような年頃で胸が締め付けられる思いがします。
ただこれが各自治体が管理者だと、「再発防止」という名で「利用禁止」や「利用制限」という形になってしまうケースが多いのが個人的には非常に残念に思います。
昨年アメリカのグランドキャニオンに行きました。
そこには「柵」などまったくありませんでした。
「事故があったらどうするのか?」と質問したらガイドが笑いながら
「危険だとわかってるので、事故はほとんど聞かないよ。落ちても自己責任ですから」
と、軽く受け流されました。
これが日本だったらどうでしょう。
観光地だと観光客が危険な場所に入らないよう四方を柵で囲まれているのが実情。
柵ごしに自然を観賞している状況が、まるで動物園状態。
檻の中から自然という野獣を観察しているようなものです。
日本も自由・自由と言われてますが、過度に「管理責任」などを問う論調をマスコミなどで流すため、社会全体が「管理社会」に向かっているような危機感を持っています。
子供の頃は空き地や線路などで遊んだモノです。もちろん危険を承知で。ちっと危険がある方が子供心には「冒険心」がかき立てられ、凄く楽しかった思いがあります。その中で怪我したり危険な思いをしながら、学習してきました。
社会に出れば、騙す人もいたり、危険な目に遭うこともあります。
「これも駄目」「あれも危険」と管理を強めれば強めるほど、人間が持つ野生の危機回避能力が落ちてしまうのではと危惧してます。そして子供の時代は怪我で済んだ事故も、命に関わる大事故になってしまう。
水泳も危険なスポーツです。
全身の神経を集中しないと、ちょっとした油断で命に関わる事故も起きかねません。
だから水泳の上級者はキチンとした準備運動を怠りません。
私たちも彼らを見習わなければ・・・。
