お昼少し前、家の電話が鳴った日

どうしても家にいたく無い日


晴れたら高尾山へ行こうと決めたけれど、雨だったらどうしよう…。

あの日が近づくと心がザワザワして

『やっぱり、ひとりでも行くわ!

大好きな箱根へ、だから、予約してください。』

そう次男に言いました

ひとりで泊まる母を不憫に思ったのか、次男が連れて行ってくれることになりました。

行く前日、平日なのに休暇を取り、長男も行くとLINEがありました。

私と息子たちで、勿論、夫も一緒に

箱根〇〇へ行く事になりました





夫がお空へ逝き、納骨の前に、

夫のおほねを抱き、3人で泊まりました

夫が好きな箱根〇〇

あの時と同じように。。。




この日、ホテルへ行く前に

叔母と叔父のお骨をまこうと決めました。

次男は叔母と約束したそうです

『叔父ちゃんの遺骨少し取っておいたよ、叔母ちゃんのと一緒に好きな場所に撒いてあげるよ、京都が良いでしょ?』と。

叔母は笑いながら、

『あら、そーお?それなら、故郷が良いわ!』と。


山梨県へ向かいながら

何処に撒こうか、そうだ、叔父ちゃんの句碑がある場所にまこう!と

長男が

叔父の句碑がある場所を検索しました

そしてわかったのが、句碑の里という場所でした

句碑を見に、叔父、叔母、長男、私でおとづれた25年ほど前の記憶を思い出しながら行きました


着いてみてびっくりしてしまいました

山道に沿って1キロもの両脇に並ぶ句碑は

1200基以上あるそうです

事務所などは無く、聞く事も出来ません


(画像は句碑の里ホームページより)


『お母さん、どんな句だった?区画とかあるみたいだけど、知って…無いよね…。』


全く覚えていません。。。

腰の高さにあったことだけはうろ覚えです

句碑が立つ山の中腹迄行き

車を止めて、歩きながら、ひとつひとつ名前を見ながら探しました、でも、探せるはずないですね💦


30分程探し

『分からないね、無理だね、でも、ここまで来た事に、叔母ちゃんも、叔父ちゃんも喜んでくれてるでしょ!』と息子たち


遺骨は句碑の里の入り口付近に撒こうと決めました。





『叔父ちゃん、教えて下さい🙏

夫さん、教えて下さい🙏』 

目を瞑りお祈りしたその時、ふわっと何かを感じて 数歩、歩いた所でふっと見た瞬間、太陽の陽が降り注ぐ句碑が目に止まりました


えっ?


叔父の句碑✨です

苔で良く見えないのに、叔父の名前が刻まれている部分がはっきりと確認できました


『あった!あったわ!』

大声で言う私

息子たちは振り返り駆け寄り、

『良く見つけられたね』と

驚きの声。


きっと

叔父ちゃんだね!

お父さんだよね!

叔母ちゃんだよね!

と。 

こんなこと、あるんだね!と息子たち。


大いなるものの力を強く感じた瞬間でした

魂がつながって、導びかれたのでしょうか?

今日と言う日に

特別な日に


私は涙が溢れて

息子たちと喜び合いました



不思議な力に興奮しながら

叔母と叔父がおとづれたと思う

身延山久遠寺をお参りしてから

箱根に向かいました




私たち家族が好きなホテル

箱根〇〇

息子たちと私3人で

穏やかな時間の中で語り合いました

あの日から5年。。。


あの日のこと

あの日の長男の想い

あの日の次男の想い

そして、5年の月日を静かに穏やかな気持ちで 語り合いました





夫のおほねを抱いて来た日と同じ席で

夫が大好きな鉄板焼き

そして倒れる少し前に

夫と孫たちと一緒に泊まった部屋


夜がふけるまで息子たちと語り合いました

翌朝は長男は6時過ぎにホテルから会社へ

次男と私はゆっくりと朝食

私は心の中の夫と中庭を散歩しました

夫と来た時のように




親子水いらずでこの日を過ごせたことは

夫がそうしてくれたのかも知れません

叔母と叔父の遺骨を句碑の下にまけたことも、全て

夫がこの日に、5年目のこの日を

整えてくれたのかもしれません


大いなるものを感じ

整え導いてくれたように思いました

息子たちに感謝です

そして何よりも、気持ちよく送り出してくれたお嫁ちゃんたちに感謝です



空を見上げると

叔母と叔父の、そして夫の楽しそうに話す笑い声が聞こえました

とびっきり笑顔の夫に逢えました




あの日から5年経ちました

『お父さんの大きな愛を感じながら、母はそれなりに幸せな人生だったわ』と

そう言えるように 生きていこうと思います。