送ろうとしていたメールの内容…兄妹間で共有した “家庭への怒り”【妹は今日出廷】 2025.11.18 12:30 NEWSポストセブン
山上徹也被告の公判に妹が出廷
安倍晋三元首相が2022年に奈良市で演説中に撃たれ死亡した事件で、殺人罪などに問われて
いる山上徹也被告(45)の公判が奈良地裁で行われている。11月13日に開かれた第7回公判からは弁護側の証人尋問が行われており、被告人の犯行動機の解明に向け関心を集めている。
山上被告は逮捕後の取り調べで「母親が旧統一教会にのめりこみ、多額の借金をして家庭が
崩壊した」「教団とつながりがあると思った安倍氏を狙った」と供述していたとされる。
この日、弁護側の証人として出廷した山上被告の母は、事件後も統一教会への信仰を
続けていることを明かした。
弁護人 「今、なにか信仰はありますか?」
母親 「世界平和統一家庭連合です」
弁護人 「それは旧統一教会のことですか?」
母親 「そうです」
公判を傍聴した鈴木エイト氏が語る。
「山上被告の母親は1991年8月に入信し、その月末に2000万円、翌年の3月に3000万円を
献金したことなどを証言しました。その際の献金は、1984年の被告人の父が自殺した際に
下りた保険金6000万円から出したと言います。![]()
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その後も父親から継いだばかりの自宅など全資産の4000万円を献金していたことが示され、
リアルな献金事情が明かされた。証言中、母親は決して旧統一教会のせいにすることはなく、
山上被告はその証言を険しい表情で聞いていました」
山上被告には兄と妹がいた。弁護人の証拠調べでは、山上被告が家族と交わしていた
メールのやり取りが公開された。前出・鈴木氏が続ける。
「メールは山上被告の送信ボックス、受信ボックス、未送信ボックスに残っていたものから
主だったものが抜粋して読み上げられました。メール全文やその日時など詳しくは裁判長や
裁判官、裁判員、検察官のみが配布された書面で見られる状況となっていた。
母親には、旧統一教会への献金や、教団本部を訪ねるために渡韓することについて
『カネはどうするのか』などと厳しく糾弾していたのが印象的でした。のちに自殺してしまった兄ともお金のことや家庭のことについてやり取りをし、時には兄を責めるような強い口調の
メッセージもありました」
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「頑張れ。色々勉強させてもらえ」
母、兄とのやり取りが読み上げられたあと、妹とのやり取りが読み上げられた。2011年ごろのメールだといい、そこには、母や兄に対する口調や態度とは少し異なるものが読み取れた。
弁護人の読み上げの一部を抽出し、再現する。
被告人 「仕事大変かと思うが元気にしているか? おふくろはどうしている?」
妹 「正月に帰ってきてください」![]()
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被告人 「何かと大変と聞いたよ。やっぱり1人でやるのはきつい?」
妹 「心配させてごめんなさい。怒られることも多くて辛いこともある」
被告人(未送信BOXに入っていたメール) 「頑張れ。いろいろ勉強させてもらえ。
お兄ちゃんが守ってやる。1人の社会人として学ぶべきことを学べばいい。
兄や夫のエゴに従う必要は全くない。あなたにはあなたの正義がある」![]()
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妹 「私は辞めずに働いています。兄さんは働かなくてうんざりする。
母の生活は変わらず、お金はないみたい」
被告人 「家の中で何かわめいていれば(あなたも)影響される」![]()
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前出の鈴木氏の話。
「山上被告の鑑定留置中、接見は弁護人とこの妹のみに認められていたといい、信頼関係や
精神的な繋がりは強いとみられる。彼女も証人として出廷する予定があり、被告人の“理解者”
として当時の家庭状況や被告人の心境をどのように証言・代弁するのか、注目されます」
妹は11月18日の第8回公判で出廷予定だ。
兄と妹のメールなのに、何か他人行儀に見えてしまう。私も1か月前に、この兄妹のような
似たようなことがあったのは、吹石一恵と母親が後ろで三女が憑依していたから、その時も
何か変な感じがしていたので分かりました。![]()
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←このマーク部分は、吹石一恵と母親が誰かの過去を見て、それを参考にして弟が山上被告の携帯に侵入し未送信BOXに入れた ![]()
そして、最後の言葉は、吹石一恵のお父さんが怒った時に思った言葉 ![]()
銃撃事件公判で山上被告、母親の信仰理由に事件起こし
「非常につらい立場に立たせてしまった」
「徹也と児童養護施設に行けばよかった。後悔している」山上被告の妹が証人尋問で泣きながら語る 「生い立ちは話したことはない。つらい思い忘れようと生きてきた」 母親の信仰に嫌悪感示す
安倍元総理銃撃事件 関西テレビ
2022年に安倍元総理大臣を銃撃して殺害した罪に問われている山上徹也被告(45)の
裁判員裁判で18日、山上被告の妹が証人として出廷し、「今まで生い立ちをほとんど話した
ことはありません。なぜなら、話すと涙が出てきて口に出すのがつらく、つらい思いを
なるべく忘れようと生きてきました」と話した。
山上被告の妹は子供の頃、母親の信仰に反対する祖父に家から追い出されたと語り、![]()
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「2人で児童養護施設にでも行けばよかった。後悔している」と泣きながら語った。
また母親が旧統一教会の信仰を始めたころのことについて語り、
「受け入れることはできなかった。気持ち悪い」と嫌悪感を示した。
■母親の信仰「受け入れることはできなかった。気持ち悪い」
法廷で山上被告の妹は、母親が旧統一教会を信仰していたことについて
「受け入れることができなかった。気持ち悪かった」と嫌悪感を抱いたことを証言した。
山上被告の妹:母は毎朝、毎晩お祈りをしていた。夜中に縦長の半紙に作った見本みたいなのを見ながら、『日本が韓国に戦争で申し訳ないことをしてすみません』と何度も書いていた。
(Q.そのときどんな感じでしたか?)
山上被告の妹:部屋は電気を消していて、ろうそくの明かりだけ。とても不気味だと思った。
山上被告の妹:なぜ先祖ばかり大切にするのか、生きている人を大事にしてほしいと言いました。母は、いかに先祖が悪いことをして、財産を持っているのが悪いことかをいっていました。
(Q.それを見てどういう気持ちになりましたか?)
山上被告の妹:受け入れることはできなかった。おかしなことをしているというか、
気持ち悪い。
■「パフェを食べに行こう」と誘われ教団の関連施設へ
さらに母親に教団の関連施設に連れて行かれたことや、勧誘に誘われたことも証言した。
(Q.小学校の時の話、母にビデオセンター(=教団の施設)に連れていかれたことが
ありますか?)
山上被告の妹:何回かあったと思います。『パフェを食べに行こう』と誘われて、母が私を誘うことはなかったので、うれしくていったら統一教会でした。だまされて連れて行かれました。
(Q.そこでどういったことをしますか?)
山上被告の妹:統一教会の偉い人が話したり、お互いの体をたたき合う。
私は会場に入りたくなかったので、ロビーで待っていました。
■ 勧誘に連れて行かれたことも
(Q.勧誘については?)
【山上被告の妹】「私を家の近所に連れて行って、統一教会の主婦5人くらいが集まっていて、
そこに若い主婦を連れて行っていました。その人を勧誘しようとしていました」
(Q.旧統一教会の人と明かしていましたか?)
【山上被告の妹】「主婦が何の集まりか聞いたら、ごまかしていました」
(Q.勧誘について、ほかに覚えていることはありますか?)
【山上被告の妹】「勧誘に関しては、徹也の同級生のお母さんがいつの間にか信者に」
■「2人で児童養護施設にでも行けばよかった」
涙を流しながら語った妹
さらに妹は、子供の頃、信仰に反対していた祖父に家から追い出されたときのことについて、「山上被告と2人で児童養護施設にでも行けばよかった」と涙を流しながら語りました。
【山上被告の妹】「(祖父から)『出ていけ』と追い出され、家の隣の駐車場に立っていたことがあった。部活帰りの徹也が帰ってきて家に入ろうとしたとき、おじいさんは『出ていけ』と
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徹也にも言い、徹也は出ていってしまった。
私と徹也の2人だけでも、あのとき児童養護施設にでも行けばよかったと後悔している」
銃撃事件公判で山上被告、母親の信仰理由に事件起こし
「非常につらい立場に立たせてしまった」
安倍晋三・元首相が2022年に奈良市で演説中に銃撃されて死亡した事件で、殺人罪などに問われた無職山上徹也被告(45)の第10回公判が20日、奈良地裁であり、被告人質問が始まった。山上被告は「このような結果になってしまい、大変ご迷惑をおかけしております」と語り、
母親や妹への心情も述べた。公の場で事件への思いを語ったのは初めて。
■「生きるべきではない」
午後3時45分頃、黒のスエットにベージュのズボン姿の山上被告は田中伸一裁判長に
促され、ゆっくりとした足取りで証言台に向かい、裁判長に一礼した後、着席した。
冒頭、弁護人から「45歳まで生きていると思っていたか」と問われ、「生きているべきでは
なかったと思います」と発言。理由を問われると、数秒間沈黙した後、「大変ご迷惑を
おかけしておりますので」と語った。![]()
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弁護人は「遺族への気持ちは後日聞く」と言い、生い立ちについての質問に移った。
よく手塚が40歳後半に【 60歳まで生きていないと思う 】と言うので私が【 60歳まで生きて
いる 】とよく言っていましたが、本当に私言った通り61歳まで生きて、もうすぐ62歳です ![]()
占い師の母も、ライティングの武中さんも【 その頃には、生きていないだろう 】と言って
いましたが、上記の言葉も吹石一恵が言い母親と三女が憑依して弁護士に言わせていた ![]()
■壊れた家族関係
山上被告は初公判で殺人罪を認めた。公判では、母親が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に総額1億円の献金をしたことによる家庭崩壊が、事件に与えた影響をどこまで量刑に
反映するかが焦点となっている。
被告は弁護人の質問に対し、時折沈黙し、言葉を選びながら落ち着いた口調で答えた。
被告の説明によると、被告が母親の入信を知ったのは中学2年で、献金がわかり、
家族間のトラブルが始まった。
同居していた母方の祖父は、脱会を求めても応じようとしない母親について、「このままでは全て財産を持っていってしまうぞ」と口にしていた。自宅から母親を閉め出したり、
家族のいる場で「(母親を)殺害して自分も死ぬ」と包丁を持ち出したりしていた。![]()
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山上被告は「それまでの人生観とは、考え方が根本的に変わってしまった気がしていた」と
振り返り、高校への進学について「義務教育ではないので、通うことが当然ではないと
思っていた」と述べた。
漫才師のハイヒールモモコさんが高校生時代に不良になり、お母さんから【 あんたを殺して
私も一緒に死ぬ 】と言って、首を絞められたとTVで言ってました。![]()
その言葉と一緒なので、祖父に吹石一恵の母親と三女が憑依し、そういう感情にさせていた ![]()
高校時代に家庭環境を教師に相談しなかった理由を尋ねられると、
「教師の領分ではないと思った」と答えた。
高校卒業後に約2週間、母親の勧めで教団施設のある韓国に渡航したと明かし、
「強い勧めで、断り切れなかった」と説明。![]()
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自身の入信については、
「母親がしていることを知っているので、入ろうと思わなかった」とした。
20歳代前半で海上自衛隊に入隊した後は、母親を経済的に支援していたとし、
「非常に不満だった。教団に間接的に利用されていると思っていた」と述べた。
吹石一恵の母親と三女が憑依し、断り切れなかった ![]()
■「献金さえなければ」
山上被告は母親について「基本的には悪い人ではないと思っているが、教団に関することでは理解しがたいことが多々あった。あれほど多額の献金さえなければ、(入信したことは)
それでよかったと思う」と語った。
母親は18日の証人尋問で、「私が加害者」と証言。尋問後には「てっちゃん、ごめんね」と
被告に語りかけた。山上被告は被告人質問で「(事件によって)非常につらい立場に立たせてしまった。母親の信仰を理由とした事件を起こしてしまい、母親も責任を感じているのだと思う」と推し量った。
自身と同じく母親の献金に苦しんできた4歳下の妹への思いを問われると、
「一番傷ついていたのではないかと思った」と気遣った。
被告人質問は25日と12月2~4日にも行われる予定で、今後、事件に至る経緯や動機を
詳しく語るとみられる。
「母の皮をかぶった信者」に壊された家庭 山上被告の妹が証言「復讐できるなら…」

妹の証言を聞く山上徹也被告=奈良地裁
令和4年7月の安倍晋三元首相銃撃事件で、殺人などの罪に問われた山上徹也被告(45)の
裁判員裁判第9回公判が19日、奈良地裁(田中伸一裁判長)で開かれ、前回公判に続いて、
弁護側証人として被告の妹が出廷した。母親が旧統一教会(現世界平和統一家庭連合)に
傾倒したことでつらい思いをしてきたといい、「(教団に)復讐(ふくしゅう)できるなら
していたかもしれない」と証言した。
妹の証言などによると、母親は平成3~10年(1991~98)頃までに計1億円あまりを教団に献金し、
14年に自己破産。被告の自殺未遂を機に、17 (1995)年から月に40万円ずつの返金が始まった。
当時妹は通信制高校を卒業し、20歳を超えていたが、被告が「返金は妹のために使うべき」と
母親らを説得したことで、その後大学に進学し就職もできたという。
返金分は母親が管理していたが、手元には残らなかったとみられ、母親は妹らに教団本部がある韓国への渡航費用などをたびたび無心した。妹は母親について「母の皮をかぶった統一教会の
信者」と表現。普段は妹に無関心なのに、無心するときだけ母親のようにふるまうことに
腹が立ったが、「母の顔をしているから突き放せなかった」と声を詰まらせた。![]()
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こうした生活の中で27年、障害があって母親と同居を続け、家族の中で最も教団に反発していた長男が自殺 ![]()
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被告は葬儀後に一晩中、遺体のそばから離れず「 俺のせいや 」と号泣していたという。![]()
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その後、被告は事件まで家族ともあまり関わらなくなった。
妹は自身の家族について「統一教会に破壊された被害者」と強調。検察側から「教団への復讐を考えたことはあるか」と問われると、「復讐するより関わり合いたくない」としつつ、
「復讐できるならしていたかもしれない」と述べた。
一方、事件で安倍氏が被害者になったことについては「不思議ではなかった」と証言。
信者だった母方の叔母から、安倍氏が令和3年9月に友好団体に寄せたビデオメッセージが
送られてきたり、選挙で自民党に投票するよういわれたりしていたといい、安倍氏と教団との
間に一定のつながりがあることは認識していたとした。![]()
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被告側は殺人罪の起訴内容を認めており、主な争点は量刑。被告は旧統一教会を恨んでおり、
教団が動機の形成にどれだけ影響を与えたか、そしてなぜ最終的に安倍氏を標的としたのか、
などが焦点となる。
「母の皮をかぶった統一教会の信者」と表現したのは、吹石一恵がこう言わせてと言い、
母親と三女が妹に憑依し言わせた言葉です ![]()
長男が1995年に自殺をして、山上被告が号泣したのも、吹石一恵の母親と三女が憑依し、
号泣するようにしたんです。私やバーニングの周防会長も、お葬式の時に大号泣したのも ![]()
「血で真っ赤じゃないか…」山上被告が慟哭した長兄の自死…
妹が語る“安倍元首相を狙った理由”「統一教会の機関誌の表紙に
安倍さんが」【銃撃事件・公判】2025.11.27 10:59 NEWSポストセブン
安倍晋三元首相が2022年に奈良市で演説中に撃たれ死亡した事件。殺人罪などに問われている山上徹也被告(45)の公判が、奈良地裁で行われている。11月13日に開かれた第7回公判からは弁護側の証人尋問が行われており、被告人の犯行動機の解明に向け関心を集めている。
山上被告は逮捕後の取り調べで「母親が旧統一教会にのめりこみ、多額の借金をして家庭が
崩壊した」「教団とつながりがあると思った安倍氏を狙った」と供述していたとされる。
11月18日以降の公判では、弁護側の証人として山上徹也被告の妹・Aさんが出廷。
兄の自死への絶望や、被告人が安倍元首相を狙った理由まで、涙ながらに主張したのだった——【前後編の後編。前編から読む】
山上被告が慟哭した夜
山上被告は弁護側の関係者に対し、「兄が自死したことをきっかけに教団に恨みを募らせた」などと明かしていたことが報じられている。11月19日に行われたAさんへの証人尋問では、
2015年の兄の自死についても触れられた。
弁護人 「お兄さんが亡くなった時の徹也さんの様子を覚えていますか」
Aさん 「長兄が亡くなったときは、私と母と徹也が警察に呼ばれました。何時間か待っていると、警察官が遺品を渡してくれました。長兄の着ていた服とリュックがありました。
徹也はそれを見て服を取り出し『 血で真っ赤じゃないか 』と言って慟哭していた。
普段、そんなに感情をうまく表に出すことがない徹也が泣いていたのは、
祖父が亡くなったとき以来でした」![]()
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弁護人 「通夜葬式の時は?」
Aさん 「徹也は遺体のそばで一晩中離れなくて、一緒にいて悔しそうに泣いていました。
亡くなる前に、長兄は電気代を貸してくれと言っていた。母は長兄の障害年金の手続きを
忘れていたので今月もらえないと。母は普段から私からお金を無心していた。『 これは神様が
くれたお金だから返さない 』と……だから、私は無視していました。(泣きながら)長兄が
死んでしまったとき、お金を貸していれば……後悔しています」
長兄の自死後、山上被告はAさんと疎遠になったという。Aさんも実家を出たが、飼っていた
猫が死んでしまった際に被告人に連絡をすると、「一緒に猫を弔ってくれた」(Aさん)という。
そして2022年、事件が起きた。
「窓口は見つからなかった」
弁護人 「事件発生当時のことは?」
Aさん 「 その日の昼近くになり、叔父から電話が来ました。
犯人は山上徹也と聞かされて驚きました 」![]()
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弁護人 「兄のことと思った?」
Aさん 「間違いなく兄だろうと。夜になって叔父の家に行ったりして、ニュースを見ていたら『特定の団体に恨みがあって』と言っていた。間違いなく統一教会だと確信しました」
さらに被告人が安倍元首相を狙ったことについては、「不思議だと思うことはなかった」と
証言する。
Aさん 「安倍首相は統一教会の機関紙の表紙に載っているのを見たことがあった。
称賛しているようにも見えていた。母の妹も信者なのですが、叔母から選挙のときに
『自民党の候補者に(票を)入れてほしい』と言われたことがあります。
UPF( 統一教会の関連団体 )の動画も『 素晴らしいから見て 』と言われていました」
弁護人「叔母からの支援要請は自民党の候補者?」
妹「そうです」
弁護士「山上家の子供たちは、外に助けを求めることはできなかったのか」
妹 「統一教会の献金によって破産しました。相談先窓口を探しましたが、子供を脱会させたい親用の窓口や、献金を取り返そうという被害者の窓口はあったのですが、親が入信して
困っている人の窓口は見つからなかった。
母は自らの意思で献金をしていました。私たちには到底口出しはできなかった。
絶望と苦労の中で、徹也は事件を起こした」
妹の答弁中、山上被告は涙をこらえているのか額を手で押さえてジッとしていた。![]()
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私も経験がありますが、吹石一恵の母親が私に額にパワーを時々感じるので、
この時も山上被告は、同じように感じたんだと思います ![]()
11月20日以降の被告人質問では、山上被告が本人の口で事件について語っている。12月18日に最終陳述、1月21日に判決言い渡しが予定されているこの公判。今後の動向も注視したい。
1993年8月5日午前7時50分頃、和歌山市で阪和銀行副頭取の小山友三郎(当時63歳)
自宅を出て迎えの車に乗り込んだところ、近づいてきた男が至近距離から3発の銃弾を撃った
10月20日野村秋介(右翼)は、朝日新聞東京本社役員応接室で2丁拳銃の銃弾3発で
心臓を貫き自決した。時刻は午後零時四十五分だった。
11月22日やなせたかしさんの妻・小松暢さんは、乳がんのため75歳で亡くなった。
12月3日「住友の天皇」と恐れられた磯田一郎・元会長は、肝硬変で死亡。80歳。
12月16日午後2時4分、田中角栄さんが慶應義塾大学病院で痰が喉につかえ肺炎75歳死去
1993年12月24日逸美政孝アナが意識不明の危篤状態に陥る。12月25日午後0時47分、家族らが見守る中、末期のスキルス胃癌・再発転移による癌性悪液質のため死去。48歳没。
1994年2月28日富士写真フイルム(現・富士フイルム)専務、鈴木順太郎方のチャイムが鳴り、鈴木本人が応対に出たところ、何者かに頭部2カ所と右太ももなどを鋭利な刃物で刺されて
死亡。わずか1分の凶行だった。中村泰スナイパー。
4月26日の20時12分19秒に名古屋空港( 現在の県営名古屋空港、小牧空港 )で発生した大規模航空機墜落事故。乗員乗客合わせて271人中264人が亡くなり7人生存
6月27日に長野県松本市でオウム真理教が起こしたテロ事件。死者6~7人
7月8日北朝鮮書記長の金日成は、心筋梗塞で死亡した。82歳
8月2日AM1時37分北野武さんが起こした原付の事故
8月22日川崎定徳社長の佐藤茂さんが腎不全で他界した。70歳
9月14日7時20分、名古屋市千種区で住友銀行名古屋支店長、畑中和文(54)が自宅
マンションの玄関前で射殺された。
9月21日深夜、宮沢りえさんが宿泊先のホテルで自死未遂。コップの手が滑った
10月24日大川興業、ピグモン勝田さんが舞台後、敷地内にあるケヤキの木にサルのような動きで登ったところ、ぶら下がった木の枝が突如折れてしまい後頭部を強打で死亡。29歳
11月2日波谷守之さんは、阿倍野区内の自宅で拳銃自殺 (暴力団)
12月6日レオナルド熊さんが急性心不全のため58歳で死亡。
12月22日午前、乙羽信子さん、肝臓がんのため70歳で死亡。
1994年12月28日古賀氏は、福岡県警南署長時代の署長官舎のトイレで首つり自殺 ![]()
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「監督者として責任を感じた」という内容の遺書を残して。
占い師の母から【 フィリピンで20歳まで頑張っていた時のように、40歳になるまでに
頑張っていた頃のように戻りなさい 】と言われた吹石一恵の母親。それが95年10月まで。
95年は明日upします。
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占い師の母と契約書を交わしたと内容に、【 1回目は許すが2日目は許さい 】と書かれている。
そして、【 私の名前が書かれていて、私の言うことに従う 】と書かれている。
従わない場合は、違約金とぺナルティーなどを弁護士を通して請求し支払ってもらう。
吹石一恵と母親が頭となり、母親と三女が体となって動き、富士通のプログラマーの長男と次女にも払ってもらいます。( 2003年6月コンデェレーション杯の勝負と契約書、吹石一恵の入籍に関係しているので )2026年春フィリピンのお母さんに見てもらい責任を取ってもらいます ![]()
最後までお読みいただき、ありがとうございました ![]()
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