ぷーさんについて・その1】

東京・新大久保の病院で生まれ、1歳まで高田馬場で暮らす。その後いま住んでいる中野区に移る。いわゆる「都会っ子」。

 

小学校4年頃からクラスで集団いじめに遭う。悪口を大合唱される等、精神的にボロボロになる。小学校卒業後も同じ区立中学に進むのが嫌で私立中学を受験するが全滅。別の区にある母の出身中学校へ越境入学(祖父祖母の家に住民票を移す)。

 

その頃から父と母の関係性が険悪になり、罵声が飛び交うわ掴み合いになるわで、とにかく恐ろしくビクビクしていた父は放任主義だったが母は自分にベッタリで、お互いの性格も教育方針もバラバラだった。

 

お互いの神経を逆撫でしないようにと、自分の考えを主張するのを控えた。とにかく、イエスマンに徹していよう、と。

 

中学校でも集団いじめに遭い、何もしていないのに顔面流血するほど暴力を振るわれたり、机の中のものを隠される。この頃から生きる希望を無くし自殺願望が首をもたげるが、実行することなく何とか3年間をやり過ごす。

 

その後都立高校へ進学。そこでいじめに遭うことは無かったが、特に印象深いトピックスは無い。

 

つまり、某清涼飲料水のテレビコマーシャルのような、「若い青春の日々」という輝かしい時代は無かったのである。

 

大学生時代は楽しく、「学業よりサークル活動」になっていった。嫁いだ姉が残したピアノが役に立ち、大学ではピアノサークルに

入って、毎日夜遅くまでピアノを弾いていた。サークル仲間達も素敵な人格者ばかりで、とても楽しく充実した日々を送った。

 

心屋塾マスターコースを修了するまでは、大学生時代が最高の時代だった。

 

~つづく~