「君にはメカニズムがない。」

人生で一番悔しい思いをしたときに言われた言葉である。

この時の悔しさ、やるせなさ、切なさ、歯がゆさ、を何とか昇華させたくて、
一年以上頑張ってきたつもりだった。

でもやっぱり今の自分にメカニズムがあるか、と言われたら、
「ないです。」としか答えられないのが辛い。


考えを言葉にする責任。
言葉の裏にあるロジックの正確さ、緻密さ。
人を動かす、熱い想い。

今の自分にどれがあるだろうか。

もっと論理的に、
もっと自分の軸に正直に、
もっと熱く、
もっと正確に、
もっと緻密に、

今の自分から脱皮しよう。
タイトルは今聴いている曲より。


唐突だが、最近ものすごく研修が楽しい。
先日までの第一フェーズは本当に地獄のようだったが、第二フェーズは本当に楽しい。



「君たちが働くことにわくわくしている、という状態で送り出したい」
現在、研修統括をしておられる方が一番最初に仰った言葉である。

その言葉にウソは微塵もなく、研修の一秒一秒からその上司の思いが伝わってくる。

非常によく準備された研修内容。
不明点を質問するためのフォロータイム。
プログラム外の課外授業。
フランクに色々なことを聴くためのランチ会。
・・・・・etc

全てが第一フェーズとは大違いだ。

上司から本当に「大事にされている」と感じるから、
その思いの背後にある期待と、その思いを享受する責任を強く感じ、
自然と研修に身が入る。

上司が自分たち新入社員にも誠実さをもって接して下さるから、
余計に「人に誠実であること」の大事さを実感する。

ふとしたことでいつも上司の優秀さと器の大きさを感じるから、
自分の小ささと至らなさと感じ、もっと成長したいと切に思う。

今、本当に恵まれている。



話は少し変わるが、新人研修を統括する人間のもっとも重要な仕事は、
新入社員をいい意味で“洗脳”することだと思う。

新入社員に「○○の社員はこういう人なんだ」「自分もこうなりたい」と思わせ、
会社への帰属意識を強くすることが求められている。

そこで使われる題材は、その人自身だ。
自身の人間性と能力を常に新入社員の前に晒しながら、
新人に上記のように思わせなくてはならない。


今の上司をみていると、自然と「こうなりたい」と思う。


しかし、第一フェーズの統括者からは全くそれを感じなかった。
そこが第一フェーズを地獄へと変えた一番の要因なような気がする。

新人から見ても明らかにわかる、器の小ささ。
どう考えてもまともに準備してきたとは思えない、クオリティの低い研修。
そんな研修しかアレンジできない能力の低さ。
グダグダなタイムマネジメント。
人を動かす、ということを全く考慮していない、誠実さのかけらもない発言。
出しっぱなしでフィードバックのない日々の課題。
・・・・・etc

人格的にも、能力的にも、本当に全く尊敬する部分が見つからなかった。
“反面教師にしよう”と思わなければ、同じ時間を共有したことの馬鹿馬鹿しさに心が折られる、
そんな人だった。

こんな人が僕が選んだ会社にいるなんて本当に信じられなかったし、
僕がお世話になった先輩方と同じようなお給料をもらって働いているなんて考えたくもなかった。

新人研修という、初めて会社にどっぷりつかる場を司る人がこのレベルなんて、
この会社は人材育成をどう考えているんだ、とさえ考えた。



話が少し暴走してしまったが、上に立つ人が違うだけで下の人間のモチベーションはこんなにも変わる。

自分は絶対今の上司のような、人をmotivateさせ、envisionさせられるような人間に絶対なってみせる。

この恵まれた時間を最大限に生かし、最高に成長したい。


今、自分恵まれてます!




「必要とされてない中で働くのは辛い。だが誰でもそこからスタートするんだ。
結局、そこから逃げるかどうかなんだよ。逃げないことも才能なんだ。」


今日の夕食時に、家族が見ていた某ドラマのセリフ。
ドラマの方に全く意識を向けていなかったのに、
このセリフだけぐさっと自分の耳に、心に突き刺さった。


新人がその職場で最初から必要とされていることはまずない。
あるとしたらその職場には相当な問題があるだろう。

だから新人がまかされるのは、「誰にでもできる仕事」「替りが幾らでもいる仕事」。
就職活動の時に誰もが思い描く、
「若いうちから大きな仕事を任せてくれる企業」なんていうのはただの妄想でしかない。


しかし、上記のセリフを聴いてからいろいろと考えてみると、
その「替りが幾らでもいる仕事」をやることには大きな意味があると考える。

替りが幾らでもいる仕事をきちんとできない奴に、その人しかできない仕事なんか絶対に任せられない。
替りが幾らでもいる仕事をきちんとすることは、一緒に働く人々から信頼を得るために不可欠な手段なのだ。


パン屋のアンデルセンには、“ABC”という規律があるらしい。
具体的には、

A:あたりまえのことを
B:びっくりするほど
C:ちゃんとする

ということなのだそうだ。


僕は承認欲求、つまり自分が「すごい」と思った人に認めてほしいという気持ちがすごく強いので、
替りが幾らでもいる仕事をきちんとするのは苦手だと思う。
“自分にしかできない”仕事を、責任と期待の板挟みになりながらもがいてもがいて形にするのはすごく好きだけど。


だからこそ、この一年はアンデルセンのABCを自分の目標にしよう。
替りが幾らでもいる仕事をびっくりするくらいのクオリティでこなして、
一緒に働く人から信頼を勝ち取ろう。

そして来年から、自分にしかできない仕事をできる自分になろう。
大企業で働く以上、組織の歯車であることは否定すべくもない事実。
だけど、工場で大量生産されているような、替えが幾らでもきく歯車ではなくて、
特別に作られた、絶対替えがきかない歯車になろう。


きっと配属された後に自分がする仕事は、
上の人達が「まぁ新人にまかせられる仕事ならこれくらいのレベルかな」と考えている仕事だろう。
求められるクオリティもその程度だろう。

でも、たとえどんなに努力が必要だとしても、上の人たちが求めているレベルをはるかに超えた成果を出してみせる。
絶対に。