あんは太陽さん♪ | プードル的湘南小確幸生活

プードル的湘南小確幸生活

17歳のテディ。
虹の橋を渡ったあん。
そして、いちご。
プードルたちとの
小さいけれど確かな幸せについて綴ります。

今日はいちごの4歳の誕生日、
そして、あんが虹の橋を渡って
2年6ヶ月の月命日です。
 
あんです。
わたしたちが、「あんの太陽さん」と呼んでいた
お気に入りのおもちゃとの
2ショットです。
 
あんが10歳になったとき
養女として、いちごを迎えました。
若いいちごがあんの刺激になって
あんが末永く若々しく過ごせるようにと
思ったのでした。
 
いちごを家に迎えた直後、
あんの眼がひどく充血しました。
かかりつけの動物病院の先生によると
内科の重篤な病気が原因の場合も
あるとのことでした。
 
それから、半月ほどしたある日、
あんが夕食を残して……
ありえないことでした。
 
そのまま、動物病院に直行しました。
 
蛋白漏出の症状があって寛解し
食事療法を続けていたあんでしたので
主治医もわたしも
そちらの増悪を疑ってしまっていました。

それからは、
坂道を転がるように体調が悪化して
そのうち、毎日動物病院に通うほどとなり……

夕食を残してから半月ほど後
あんは、やっとでトイレに行ってから
トイレの前で倒れて歩けなくなり
入院しました。

悪性リンパ腫で骨髄が侵されて
激しい貧血に陥っていたのです。
 
食べられるものはもうなくて
唯一、馬肉の生のミンチを
舐めるだけでした。

馬肉は生であげられるので
元々トッピングに使っていたのですが
口でとろけるので
負担がなく
美味しく食べられたようでした。
 
最近、テディに
玄米甘酒をあげているのですが
当時は甘酒を思いつかなくて。
あんに飲ませてあげたかったですね。
甘くて美味しいので
喜んでゴクゴク飲めたでしょう。
 
即日、輸血をして頂きました。

翌日には、輸血の効果で
貧血が少し改善したので
1回目の抗がん剤治療を行えたのですが……

その翌日に呼吸困難で酸素室へ……

抗がん剤で死滅したがん細胞から出た水が
肺に溜まってしまったのではないか
とのことでした。
興奮してしまうので面会も長くはできず
家では電話を握りしめて過ごしました。

呼吸困難が落ち着き
退院はしましたが
良くなったわけではなく
それでも、歩けるようになったことと
あんが前向きに過ごせるように
との先生のご配慮からでした

この頃、あんは本当に痩せてしまって
寝ている姿は、ぺっちゃんこで
あんの毛皮が1枚落ちているかの
ようでした。
 
抗がん剤の効き目も、
がん細胞の勢いには敵わず
週に1度の抗がん剤治療の合間にも
リンパ腫はまた大きくなりました。

ある日の夕方、
朝よりも、リンパ腫の腫れが大きくなっている、
ほんの数時間で、わかるほどに大きくなるなんて……
と、たまらなくなり
そのまま動物病院に受診し相談しました。

先生の判断で
次の抗がん剤は薬を変えて行いました。

すると、その抗がん剤がとてもよく効いたのです。
ただ、脱毛の副作用で、
ほとんど裸犬になりましたが。

抗がん剤が続いている間は
毛は生えないと思いや
その時期にビワキュー(ビワ温灸)を始めたところ
その2週間ほどで毛が生え始めました。

あんはみるみる体力を回復して
寛解となりました。
 
再発したのは、
抗がん剤治療が終わって4か月ほど後でした。

抗がん剤は効かなかった訳ではありませんが
だんだんと、
リンパ腫の勢いの方が強くなっていき
治療が間に合わなくなっていきました。
 
最期の日々を支えてくれたのは
ビワキュー。
身体が温まって楽になるようでした。
 
あんが虹の橋を渡るまえから
テディはハウスに
閉じこもるようになりました。
いつも一緒にいたので
不安だったのでしょうね。

そして、そのとき。
1時間ほどで届く酸素室のことで
気を取られていたわたしに
テディは「ワン」と
知らせてくれました。
 
思えば、
いちごもかわいそうなのでした。
遊び相手を失った訳ですから。
 
わたしにとっても
あんロスは続いていて……
ブログを始めても
なかなかあんのことを書けませんでした。
 
でも、あんの残してくれた家族、
テディといちごを
守っていくことで
あんとの絆が強まるような……
そう信じて、頑張りたいと
思ってもいるのです。
 
あんはこれからも
わたしたちの心を明るく照らしてくれる
太陽です。
 
最後のファミリー写真、右があんです。