虹のむこうに -4ページ目

虹のむこうに

涙が晴れたらきっと虹が見えるよね。

ただの愚痴です。おほほ。


最近の私。



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5時半 おきる。(予定)

しかし朝が弱い私は頑張っても5時40分になる。
そのうえ起きて5分は茫然としているため なにも働けない。


6時  弁当作りをしつつ息子を起こす。
朝ごはんを適当にする。(ほとんど何もしない。シリアルみたいな感じのものを机の上に並べるだけ)


6時15分  弁当を冷ましながら起きてきた娘の相手をしつつ 娘の食べるものを提供。(ここもほとんど何もしない。並べる&声かけのみ)

水筒の用意。


6時半   息子出発


6時45分  娘の弁当出来上がり。娘の水筒準備

 7時までに上記の弁当作りをしつつ、自分の出勤準備、自分の朝ごはん準備、乾燥機にかけてもいいものだけをより分け 洗濯乾燥機にかける、浴槽のみ簡単な風呂掃除、トイレ行ったついでにトイレ掃除
 余裕があればルンバのスイッチを押す。(しかしドアを閉め忘れ帰宅するとルンバが風呂場にいたりする。)


7時に出るつもりが7時10分になる。

 娘を車に乗せて学校まで送る。ラッシュなので片道40分~50分
 車の中でご飯を食べつつコーヒーを飲む。


8時 学校につきすぐとんぼ返り

8時40分の電車に乗りたいが、だいたい乗りそびれる。

9時出勤


仕事

仕事

仕事

14時まで休憩なし。運転多数。
運転していない時はだいたい立ち仕事。


14時0ふんにタイムカードを押し、さっさと退勤。残った仕事は明日しよう。。。

電車を待って14時15分頃自宅に着くが、そのまま娘のお迎え(また片道40分)
車中で塩ごはんのおにぎりをたべる。だいたいお茶がなくてつばでごまかす。かなしい。


15時 娘 下校

  車に乗せて帰宅途中に買い物、病院(リハビリ。待ち時間が120~180分)たまにお茶もする。
  たまに保護者会やら面談が入る。

なんか気が付くと18時半くらいになっている。帰宅。

そのまま夕飯の支度をする。

だいたいこの辺りで息子が大量の洗濯ものとともに帰宅。
家が砂だらけになる。

おえーといいつつ拭く。

朝の片づけをろくにしないで家を出るので、片づけながらご飯を作る。
干すものの洗濯をしつつ、朝かけた洗濯乾燥機の中身をたたむ。


19時過ぎ  夕飯(この時点で朝起きてから初めて座る。運転以外でw)
 子どもたちの「今日すごかったんだよ~~~」攻撃を聞く。半分くらい聞いていないがそこそこ楽しい。


20時過ぎ  疲れ果てて横になるが洗濯が終わっていたのを思い出し、干す。


21時  風呂に入る。が、まだ夕飯の片づけをしていない。うげー


22時  夕飯の片づけをしつつ明日のお弁当の算段をしようかなーとおもう。


22時半  めんどくさいなーと思いつつネットサーフィン。←いまここ


23時  本を読みながら知らない間に寝ている。←予定




まだお弁当の準備、できていません・・・。


いったい台所の掃除とかはいつやればいいんだろうか。

土日は野球の応援やらたまった洗濯やらあるんですYO!


私はぐうたらなのでこの程度でもへとへとです。
世のフルタイム勤務のお母さまたちは本当に偉いと思う。


私がフルタイムになったら家に帰ったらきっともうヘロヘロでなにも家事はできないと思うもの。


誰かお嫁さんになってくれませんかね。
街中でレギュラー119円の看板もちらほらみられる今日この頃。

あ、ガソリンの話ね。


毎日ラッシュの中、渋谷までを2往復していると ガソリンが音を立てて減っていくような気がするのよね。


そんな折、ガソリンランプが点灯してからだいぶたつし、ちょっと給油しておこうかな~なんておもって原宿界隈でガソリンスタンドを探すも 全然ない。

カーナビにはあるのに行って見るとそのほとんどが閉鎖されているという感じね。


まあ土地代は高いし、ガソリンの値段なんてだいたい決まってるわけだから 無理もないわね~なんて思いながら 走ること15分。


NHKさんの前にある古めのガソリンスタンドを見つけて 入れることにしたのよ。


まああの辺りは松濤とか神山町とか、富ヶ谷とか超高級住宅街を横に、向かいにNHKさんがあるんだから、高いだろうな~と思ったけど、背に腹は代えられず とりあえず

レギュラーおいくらかしら??

と聞いてみたらばなんと

159えんです。

えぇええーそりゃすごい。


お高い。


うちの車は50リットルは入るので1回の給油で2000円も差が出る・・・。

すごいわ。


ちょっと恥ずかしいけど、10リットルだけ入れてもらったわ。


そいで地元に戻って残りを121円でいれました。


確かにさ、土地が高いところで営業するのはとっても大変だと思うけど、でも多分あの場所はNHKさんとか渋谷の消防署とかが結構ガソリン入れてくれてるんだと思うんだよね。


会社で乗る車は会社がガソリン代を出してくれるから、まあそんな値段でも気にならないのかもしれないけど、ちょっと高すぎやしないかしらねー。


って思いながら明治神宮にお参りに行きましたとさ。

大好きなこんもりした樹


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久々に見た清正の井戸は相変わらずきれいで心落ち着く感じがしましたよ。

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おしまい。
ゆとり世代の次はさとり世代らしい。

もしくはゆとり世代=さとり世代という声もある。

要するにどんなことが起こっても「まぁしょうがないか~」なんて思って、怒りもしない代わりに、これがやりたい!!!なんていう若者独特の気炎をあげる、ようなことはない世代なんだって。
だから学生運動に熱くなることもないし、
遊びまくったあげくに卒業できない、なんて人も少ないらしい。

大学に行くのは「卒業するため」であり、
自ら何かを学びに行く感じが見受けられない人も多い。



うちの子たちはばっちりさとり世代であろう。
和を重んじ、抜きんでることを恐れる。


思春期と言えば 「みんな~してるし~」というのが常套文句だけど、本当にやる前からやる気がない。

私が思うにこれってネット社会の副作用だと思うんだよね。


何かをやろうとする→とりあえずぐぐる。→失敗例が出てくる→怖がる→やめておこう。


こんな感じ。

世の中ってさ、結局「やる人」か「やらない人」しかいないように思うのよね。

バイト一つとってもそう。

娘1が言う。

「友達が言ってたけど~って超ブラックなんだって」。
「~ってめっちゃ時給高いけど超しんどくて厳しいんだって。」


でもよく考えて見なよ。
全部伝聞でしょ?
そもそもそれ言ってる人はそこで働いてたの?

働いてたとしてもそれは「その人」の感覚だよね。
具体的な数字はあったの?
時給800円で6時間労働のはずが9時間働いたあげく残業はつかなかった。とか?
あるの?

厳しいって何?
まさかとはおもうけど、大きな声であいさつさせられたーとか
お辞儀は90度って言われたーとかじゃないだろうね(笑)

内容を確かめたか?

じゃあそのバイト良かったところってなあに?って聞いてみたらいいよ?
1個くらいあるかもしれん。


そもそもさ。
時給が高かったら楽ではないってことはあたりまえよね。

時給をとるのか、楽でそこそこのお給料のところで働くのかは、その人次第だし、常軌を逸していなければどっちでもいいとはおもうけどさ。




別の話。



娘「第二外国語ってとっても何のメリットもないんだって。」
私「へぇー。誰が言ってたの?」
娘「1個上の先輩とか2個上の先輩」
私「あそう。でもその人ら、まだ受験もしてないし、高校生だからじゃない?大人になったときとか大学生になったらまた変わると思うよ。」


これが今日の私と娘2の会話。





何のメリットもない授業をわざわざ学校が設定してくれているのは何故なのかな?

学生だけが負担になるのではなく、先生も文科省のカリキュラムにない講座をわざわざ作って、長きにわたり運営されているのには何か理由があるとは考えられないのかな?


ある程度の下調べというのはとても大事だけど、どれも「その人の主観」だってことを忘れないでいてほしい。
たとえそれが尊敬する先輩の意見であったとしても、まるのみしてはいけない。



そしてやる前から評論家になってはいけない。
人を批評するほど 自分たちはえらくもないし、経験も積んでいない。

やったあともそれはあくまで「自分の体験談」であって、すべての人に当てはまるわけではないことも肝に銘じてほしい。


人はね、自分の失敗談を大げさにいうものなのです。
これはやってよかったーとか
自分の自慢になるようなことっていうのはなかなか意見として言いづらいものなのよ。


私、東大に入ってよかったです。
だって皆が羨望の目で見てくれますし、就職だって向こうから特別な機会を設けましたっていって別室でペーパーも面接もなしで内定貰いました。

なんて書けますか?
書けたとしても面白くもないし、「へぇ。良かったですね」としか言われない。
もしかしたらあの人自慢ばっかりで嫌な人、なんておもわれちゃうかもしれない。



しかし

東大なんか入っても何のいいこともないです。
どこにいっても「あなた東大なのにこんなことも知らないの?」とか言われちゃって、この間なんか メガネブス!!とかいわれちゃったんですよー。
私だってめがねじゃなかったら結構いけてるのに。ぷんぷん。


って書けば少なくとも敵はできないわよね。

でもメガネブスは東大だから言われたわけじゃない。
そこ、まちがえたらあかんわね。



誰かから聞いたことを理由にして、自分がやらない時の言い訳にしないこと。
これは生きる上でとても大事なことです。


語学を勉強するのは好きじゃないので、第二外国語は取りません。
将来役に立つかもしれないけど、今は遊びたいので第二外国語は取りません。
部活を一生懸命にやりたいので、第二外国語は取りません。


大事なのは自分で決める事。

自分で決めたことでも、間違っていると気がついたら、撤回し、やり直す勇気を持つこと。

世の中はやるやらないかです。


繰り返し言います。

やろうかな。と100万回考えて結局やらない人と
1回だけ考えてやる人。


やったあげく失敗するかもしれない。

でもやったから失敗したのであって、やらなかったら失敗すらできない。
そこから学ぶこともできない。

時間っていうのは有限だから、若い時代を何となく過ごすのはもったいない。

不得意はあってもいい。
さぼることもあるでしょう。

でもそればっかりだったらやっぱりダメやとおもうよ。



子育ては、自分の生き方を振り返り
確かめ、改善することです

だからとっても難しい

自分が何も変わらずに、他人としての子供を改善するなんて、無茶です

「私は本当のところ
 何を大事だと思っているのか」
を自問自答せずに教育はありえない

自分の正直な姿をさらし

「ぶっちゃけ、私はこうだ。
これが大事だと思って日々を過ごしている」
と子供にぶつけていくしかない

自分の毎日を改善できないのに、子供にちゃんとしろ(改善しろ)なんて言えない

でも、人間はスーパーマンじゃない

限界がある

それも同時に認め、認める姿を子供に見せる

そこ、そこが大事なのだ


子供は「親の言ったこと」ではなく「親のやっていること」をやるのです。


結城浩さんのお言葉より





子どもを育てていると

自分がその子をどう育てたいか、ということよりも前に

自分がどんな風に育てられたか、とか
どんな風にしてほしかったか

ということがまず浮かんでしまう。



子育てを通じて自分自身がもう一度 「自分育て」をやり直しているんだな、と感じることが多々あります。

親から教えられたけれど身につかなかったこと。
親から教えてもらわなかったこと。

こういうのを自分の子どもに伝えるという作業を通じて、もう一度自分自身が学んでいくのだと思います。


親を長くやっていればいるほど、自分はまだまだ未熟なんだなということを思い知らされます。


きっと私が子供を3人も授かったのはとても未熟だったから。
神様が3人を育てる過程で もっと大人になれ。成長しろ。と思われたからなんだろうなー。


真摯に、でも肩の力をぬいて向き合っていければいいなーと思います。




11月です。

秋は寂しい。

だいたい毎年秋の夜長はちょっと寂しい音楽を聴いたり、おいしいコーヒーを入れてお気に入りの本を読んだりして過ごすことが多い気がするわねー。


最近は読書量も減っているけど

比較的最近読んだのは



「鹿男あおによし」

偉大なるしゅららぼんの万城目学さんの本。

まあこの人らしい荒唐無稽な感じの設定で そこそこ面白いかな。といった感じでした。
作風としては プリンセストヨトミみたいな感じだろうか・・




お次はM8

題名の通り首都直下をM8の地震が襲ったら、というお話。
アリがちな設定かと思ったけど、なかなかテンポよく進んでいくお話にぐっと引き込まれます。

この手のお話を書く男性作家さんって取材が綿密なのかやたら専門用語や専門的な解析の説明文が長くて そこだけ読み飛ばしちゃったりしそうになるんだけど、これはそういうのがなくスッと読めたかな。

最近あまり揺れないからちょっと忘れかけていたことを思い出させてくれてよかったです。


あとはこれ



どうやら今までの曽野さんのご発言や色々なところに書き連ねられた分の中で、これはっていうのを編集した作りになっているらしい。

知恵と名言の集まりみたいな本でしたね。

日めくりカレンダーにぴったりなかんじかしら(笑)

曽野さんは熱心なキリスト教信者さんだけど、わりと現実派というか理想論ばかりじゃないところが読みやすいのだと思う。


日本人はもう少し宗教を習う機会があればいいのにね。
あくまで習うね。知る。ってこと。
信じるとか帰依するとかいうことではなくて違いを知っておいた方がいいと思う。


せめて世界3大宗教くらいは特にね。
それがどんな法典で、何が主旨なのか 知っておいた方が世界が広がるんじゃなかろうか。

まあ大学で習うと言えば習うんだけど、世界で起こる紛争は宗教がらみが本当に多くて 無宗教の人が多い日本人には理解しがたいから、ね。


誰でも人生の終盤は負け戦。
老いと死がなければ人間は謙虚になれない。
愛ほど腐りやすいものはない

のセリフにとほほとなりながらも

人間は死の前日にも生き直せる。

を見てまあそうか。とおもう。


本というのは世界を拡げてくれる。

読みながら、読んだ後もずっと余韻というものがあり、脳内は色々な考え事をする。

秋から冬はそんな静かな時間が似合うと思うなぁ。