不変のなく、又不偏になりうることも
又その流れの終わりに方円の器に沿う
落ちて万別の定義を覆し
踊り暴れて同じ形を作らず
時に柔らかくもあり
そして又暴れる
その流れの横に静かに「オオシオカラ」
定まりのない自分の思考は本質を見てない
カメラ自体も、そこから生み出す絵も
人が生み出す絵もそこに嫉妬がある
でもそこを削り取ると何も残らない気がする
だから自分の意識だけはそこに住まわせたい
勝てないとうらやむよりも自分の持つ必要は
自分の技量、ほかの人の技量ではない
だから自分の見たものを撮り続ければいい
人と比較しても何の得もない
カメラを捨てるか自分を捨てるか
そんな無意味なたたかいを自身でしていた
不偏であることが自分に対して公正だと
何度も何度も同じところで転んで
それでもなおそこに不変を探す
それこそが人の性かもしれないと








