10月18日にイタリア現代詩人の
アンドレア・ザンゾットさんが亡くなりました。
以前、このブログでこの方と知り合った経緯について
ふれましたが、ここでもう一度。
敬愛して止まない故・須賀敦子さんのあるエッセイの中に
登場する方で、ここからそう遠くないところ、かつ、
夫の出身地のすぐ隣に位置する市にお住まいでした。
須賀さんがそのエッセイの中で彼を賛美し、「いつかは彼を
彼の住む故郷に訪ねてみたい」と書いていらしたのですが、
彼女はそれから数年後に惜しまれて逝去なさいました。
彼女が他界して10年経った数年前、どうしても気になって
「須賀さんはザンゾットさんに会いにくることはできたのですか?」
という質問のお手紙を私から出したのがきっかけでした。
その私のつたない手紙にお返事をくれて、まもなくお会いする
機会を得たのですが、残念ながら須賀さんがザンゾットさんに
会いに来ることはなかったそうです。ザンゾットさんは
俳句にも興味がおありだったので、何度か彼の家で
お会いして、俳句について話しました。私なんかが言うのも
恐れ多いのですが、俳句の本髄をきちんと熟知していらして、
大抵のイタリア人には難解な侘び寂びや潔さなどの
日本情緒も完璧に理解していらっしゃいました。
実は亡くなられた日の1週間前の10月10日が彼の満90歳の
誕生日でしたので、ご自宅へ夫の友人が生産する地元産の
栗のはちみつをお祝いに持参したばかりでした。(あとで
知ったのですが)当日、彼の愛猫が急死して、かなりのショックを
受けていらっしゃると付き添っていた彼の息子さんに言われ、
お会いすることは出来ませんでしたけれど。
亡くなられた日もお葬式の日も出張中でしたので、
奥様にお悔みのお電話をさしあげただけでした。
不思議に、と言うか、不謹慎かもしれませんが、
実はあまり悲しくないのです。今頃きっと須賀さんと会って、
いろいろなお話をしているはずだから。ザンゾットさん、
安らかにお休み下さい。私のような俗っぽいファンに
いろいろ親切にしていただきありがとうございました。
それに対して、涙が止まらなかったのは昨日のマレーシアでの
バイクレース中のイタリア人マルコ・シモンチェッリの事故死です。
彼のファンでも何でもありませんが、24歳は若すぎます。
言葉がないです。ご冥福を祈るのさえ理不尽な気がします。
さて、自分の話しに戻ると、いよいよ日本行きまで1週間を
切りました。今日やっと衣類をまとめ始めたばかりです。
お天気に恵まれますように。