~作家の須賀敦子さんを知ってる人は少なくないと思います。私も勿論ファンの一人です。
かなり自己中心的ですが、追悼文を書いてみました。3月は感傷的になる月ですね…。~
1998年3月20日に須賀さんが逝ってから、10年という時間が過ぎようとしている。
イタリアに暮らし、イタリア人の伴侶を持つというささやかな共通点を持った
ことで、大先輩として今もなお敬愛して止まないのは言うまでもない。奇しくも
この10年は自分の人生の変動期となったが、それを経た現在、イタリア語だけの
日常の中で日本語の本に没頭するという、精神的かつ時間的な余裕がようやく
持てるようになり、以前より須賀さんの本をより良く読めるようになった気がする。
須賀さんが残した本はほんの数冊。美しい日本語で書かれたしなやかで同時に強さの
ある文章に魅せられた多くの読者同様、もっともっと須賀さんの書く本が読みたかった。
須賀さんの世界を共有させてほしかった。何よりも須賀さん独特のイタリアについての
記述には共鳴する点が多々あり、「ああ、こうゆう風に感じるのは私だけではなかった」
だの、「そうそう、イタリアのこんな一面も日本の人々に知ってほしいと思ってた」などと、
渡伊直後の戸惑っていた頃の自分を重ねあわせては一喜一憂した。
須賀さんの本に登場する場所に、そのことを読む前に既に足を運んでいた経験も少なく
なかった。須賀さんが訪れていたイタリア国内の町で自分ではまだ行ったことのない
土地を、小旅行の目的地に選んだことも何度かあった。公私共に何度となく訪れている
ヴェネツィアでは、須賀さんの本を片手に広場や路地を辿って歩いた。須賀さんが
「ぜひ訪れたい」と書いていたとある田舎町が、たまたま自分が住んでいた県内にあった
ため、厚かましくも案内役として同行し、野原を一緒に散歩するシーンを夢に見た。
つい最近、須賀さんの死後に出版された「時のかけらたち」(須賀敦子著)と、追悼本「霧の
むこうに」(西口徹編集)を並行して読み返していた時、今まで気づかなかった事実に気が
ついてハッとした。須賀さんお気に入りの詩人であるサンドロ・ペンナの詩のひとつの
訳が両方の本にあるのだが、須賀さんが「時のかけらたち」で『生きたい』『人生』と
訳したところが、“遺稿”であり“繰り返し推敲が重ねられた”とある「霧のむこうに」
の訳では『生きていたい』『いのち』に替わっていた! この2語は須賀さんが病床で、
全身の力を手に込めて、最後に書き記した文字ではなかっただろうか。
Io vivere vorrei addormentato
entro il dolce rumore della vita
かなり自己中心的ですが、追悼文を書いてみました。3月は感傷的になる月ですね…。~
1998年3月20日に須賀さんが逝ってから、10年という時間が過ぎようとしている。
イタリアに暮らし、イタリア人の伴侶を持つというささやかな共通点を持った
ことで、大先輩として今もなお敬愛して止まないのは言うまでもない。奇しくも
この10年は自分の人生の変動期となったが、それを経た現在、イタリア語だけの
日常の中で日本語の本に没頭するという、精神的かつ時間的な余裕がようやく
持てるようになり、以前より須賀さんの本をより良く読めるようになった気がする。
須賀さんが残した本はほんの数冊。美しい日本語で書かれたしなやかで同時に強さの
ある文章に魅せられた多くの読者同様、もっともっと須賀さんの書く本が読みたかった。
須賀さんの世界を共有させてほしかった。何よりも須賀さん独特のイタリアについての
記述には共鳴する点が多々あり、「ああ、こうゆう風に感じるのは私だけではなかった」
だの、「そうそう、イタリアのこんな一面も日本の人々に知ってほしいと思ってた」などと、
渡伊直後の戸惑っていた頃の自分を重ねあわせては一喜一憂した。
須賀さんの本に登場する場所に、そのことを読む前に既に足を運んでいた経験も少なく
なかった。須賀さんが訪れていたイタリア国内の町で自分ではまだ行ったことのない
土地を、小旅行の目的地に選んだことも何度かあった。公私共に何度となく訪れている
ヴェネツィアでは、須賀さんの本を片手に広場や路地を辿って歩いた。須賀さんが
「ぜひ訪れたい」と書いていたとある田舎町が、たまたま自分が住んでいた県内にあった
ため、厚かましくも案内役として同行し、野原を一緒に散歩するシーンを夢に見た。
つい最近、須賀さんの死後に出版された「時のかけらたち」(須賀敦子著)と、追悼本「霧の
むこうに」(西口徹編集)を並行して読み返していた時、今まで気づかなかった事実に気が
ついてハッとした。須賀さんお気に入りの詩人であるサンドロ・ペンナの詩のひとつの
訳が両方の本にあるのだが、須賀さんが「時のかけらたち」で『生きたい』『人生』と
訳したところが、“遺稿”であり“繰り返し推敲が重ねられた”とある「霧のむこうに」
の訳では『生きていたい』『いのち』に替わっていた! この2語は須賀さんが病床で、
全身の力を手に込めて、最後に書き記した文字ではなかっただろうか。
Io vivere vorrei addormentato
entro il dolce rumore della vita