【ラティハン記録】2026年9月5日:オープンの体験
■ 日時・場所
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日時:2026年9月5日 15:00〜
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場所:大阪
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同席者:70代〜80代のヘルパー4名 (関東から1名、関西から2、九州から1名)
■ オープン(開会)のプロセスと体験
ヘルパーの方から説明を受けた後、私は誓いの言葉を述べた。
立った状態でそっと目を閉じる。 しばらくすると、ヘルパーの方々が私の知らない奇妙な言語で歌を歌い始めた。時折笑い声が混じったり、同じ言葉を何度も繰り返したりしている。日本語は聞こえてこない。
不思議な歌ではあるが、まるで詠唱のように感じられた。言葉の意味こそ分からないものの、4人のヘルパーは、どこか共通する言語を用いて詠唱しているように聞こえる。まるで、詠唱する僧侶たちの輪の中に自分が身を置いているかのような感覚だった。
ただ、初めての体験ということもあり、ヘルパーの方々の詠唱に意識が向いてしまい、その言葉を拾って意味を理解しようとする思考が働いてしまい、自分の内側に集中することが難しかった。
また、途中で私の中で笑いがこみ上げてくる瞬間があった。しかし、「オープンの場で声を出して笑ってしまっては失礼かもしれない」という思いが働き、その感情をぐっと抑え込んでしまった。
当時の私は「身体に自発的な動きが起こること」ばかりに意識を向けていた。けれど、もしあのとき内側から湧き上がる感覚に従い、感情を抑えずに笑ったり声を吐き出したりしていたなら、何か心の解放が起きていたのかもしれない。
身体の変化や動きを感じ取ろうと意識を傾けてはみたものの、大きな動きや変化は起こらなかった。ただ、ほんのわずかだが、胸のあたりが少し重く感じられ、不快とも言える嫌な感覚が1分ほど続いた。
これは、内側からの笑いという感情を抑え込んでしまったことによる反応かも知れない。
期待しすぎてしまっている自分や、「何も感じないまま終わってしまうのではないか」という焦り、時間の経過などがどうしても気になってしまう。
こうして30分間のオープンが終了した。
■ オープンを終えて
終了後、何か感じたか尋ねられたため、「まるで神様に祝福されていたかのような感覚があったこと」や、「ヘルパーの皆さんの声がずっと気になっていたこと」などを素直にお話しした。
その後、私は一度部屋を出た。ヘルパーの4名だけで15分ほどラティハンを行っていたようだ。私の状態を確認(テスト)していたのか、あるいは自分たちのラティハンを行っていただけなのかは分からない。
その後、ヘルパーの方々と雑談をした。
■ 振り返りと気づき
オープンを終えて、期待が大きすぎたせいか、まったく動かなかった自分に対して少しがっかりした気持ちがあった。
「神に委ねる」ということを、私は頭や理屈だけで捉えていて、素直になりきれていないのかもしれない。子供のような無邪気さや純粋さが必要なのだろう。言葉では「委ねます」と言っていても、心の深いところではまだ委ねきれていないのだと思う。
湧き上がった笑いを抑え込んでしまったように、無意識のうちに自分の感覚にブレーキをかけてしまっていたことにも気づかされた。
しかし、鉄が磁力を帯びて磁石になるためには本物の磁石が必要であるように、今の私にはヘルパーの方々が醸し出す磁場が必要なのだと感じている。
ラティハンというものが自分に合うのか合わないのか、まだ分からない。 けれど、まずは週に2回、通ってみようと思う。
【スブドとは?】
スブド(Subud)という実践は、誰かが頭で考え出した哲学や教義でも、人間が創作したメソッドでもありません。それは、1920年代のインドネシアにおいて、一人の男性に降ろされた「突然の霊的な体験」から始まりました。
その男性の名は、ムハンマド・スプー・スモハディウィジョヨ(通称バパック/1901〜1987年)。当時、ジャワ島で役人としてごく普通の生活を送っていたバパックに、ある夜、奇跡的な出来事が訪れます。
1925年のある夜、夜間に散歩をしていたバパックの頭上に、太陽のようにまばゆく光り輝くボールのような光が降下してきました。その光は彼の頭部から体内へと入り込み、身体全体を激しく振動させました。その瞬間から、彼の意思や思考とは無関係に、身体が自然と動き出し、祈りのような動作や声が自発的にあふれ出してきたのです。
この体験は一晩にとどまらず、その後数年間にわたって毎夜のように繰り返されました。バパック自身も当初は困惑し、精神の病か悪霊の仕業ではないかと恐れましたが、次第にこれが人間の知性を超えた「大いなる宇宙の生命力(神の力)」による浄化と導きであることを理解していきます。
この自発的な霊的訓練こそが、のちに「ラティハン(Latihan)」と呼ばれるようになる体験の原点です。
バパックはこの力を自分一人だけのものとせず、求める人々に伝達(伝授)する許可を霊的に得ました。そして1930年代以降、彼の周囲に人々が集まり始め、1947年に正式に「スブド」という名称が授けられました。
スブドは特定の教祖を崇拝する新興宗教ではなく、誰もが自らの内側にある「本質的な生命力」と直接つながるための実践です。一人の男に訪れた光の体験から始まったこの波は、やがてインドネシアの地を越え、世界中へと広がっていくことになります。