放送まであと3日となった台風商事。IMFという荒波の時代の中でも、お互いの手を取り合って耐えてきた平凡な人々の物語を描いた今回の作品は、温かい視線と繊細な敍事で視聴者の共感を引き出し、同時に今の時代を生きていく力を呼び起こすものと展望されるからだ。 その時代の人々に対する尊敬と真心を込めて執筆したチャン·ヒョン作家が直接伝えた作品に込められた意味と秘話は、その期待に火をつける。
 

 

 


Q「台風商事」の執筆背景が気になる。

営業社員の話を構想していたところ、IT企業の営業社員として働いた当時、先輩たちが携帯電話がなかった時代の営業武勇談を聞かせてくれた記憶が浮び上がったが、それが本当に面白かった。 その時代の話をしてみると、そのように取材と勉強を通じて台本を準備しながら「台風商事」を始めることになった。

Q1997年を過ごしてきた人として、「その時、その人たちの人生」を具現するために集中した地点はどこだったのか、またその中に入れたかったその時代の精神は何だったのか気になる。

時代考証を表現する方式には色々あると思うが、その中でも温もりを表現したかった。 人と人の間にあった暖かい温度、「情」のことだ。 家に鍵がなければ、母親が来るまで待っていた隣の家や下の家、バスに乗れば黙って私の荷物を持って行ったおばさん、地下鉄で見終わった新聞を折って渡した手など、その人たちの間に流れていた温もりが私が考えたその時代のディテールだ。

そのためには結局、その時代を生き抜いた人々を理解することが先だった。 私は各世代に対するそれなりの感情を持っている。 まず、1940年、1950年代生きた方達を尊敬する。 彼らの疲れた、そしてくたくただった人生は切なく、また感謝している。 そして60~70年生まれが好きだ。 ロマンに満ちた青春と闘争の歴史、苦痛の時代を共感する。 このように私が持っている時代に対する心を台詞に溶け込ませようと努力した。 そして、このすべての世代を網羅する根本的な基盤は家族愛だと思う。 それが血縁で結ばれた家族であれ、社会的に結ばれた家族であれ、私たちが温もりを分かち合い、心を分かち合った誰かを守りたい気持ち、そしてそこから出てくる勇気と愛は時代と世代を越える価値だろう。

Qイ·ジュノ、キム·ミンハ俳優のキャスティングニュースを聞いてどうだったのか、二人の俳優の演技はどうだったのか気になる。

いまだ記憶が生々しい。 イ·ジュノ俳優が「カン·テプン」役をすることになったという連絡を受けた日が私の誕生日2日が過ぎた夜の午前1時だった。 その夜に叫ぶほど本当に良かった。 私の人生最高の誕生日プレゼントだった。 キム·ミンハ俳優が「オ·ミソン」をすることになったという話を聞いた時は「いや、ハリウッド俳優がなぜ?」と思う驚いた。

カン·テプンは実は表現しにくいキャラクターだ。 花が好きな狎鴎亭の遊び人であり、親孝行で優しくてハンサムだった。 そこにある程度可愛さとタフさを備えなければならないので、私も書きながら「可能だろうか?」と思った。 ところが、イ·ジュノ俳優がその難しいことをやり遂げた。 初めて彼に会った日、冗談のように「国民の息子、国民の彼氏、国民の社長にならなければならない」と言ったが、それを全て体現する姿を見て本当にすごいと感じた。 俳優のキム·ミンハは撮影が始まって監督がずっと「ミソンの演技がとても素晴らしい」と言った。 すごく気になったが、編集されたものを見て監督に「ミソンのように全身で演技して、顔全体で泣いてくれる俳優が私たちにいるということはとても貴重なこと」と話した記憶がある。

Q.「台風商事」を通じてどんなメッセージを伝えたいのか。

時にはただ耐えるということ、それ一つだけでも本当によく生きているという気がする時がある。IMFの時がそうだったはずだ。 たとえ倒れても倒れても、生き残ったなら、それで今このドラマを見ているなら、私たちはそんなあなたに感謝しなければならない。 あなたのそのような苦労した人生が今の大韓民国を作ったのだからだ。 そして今の青春も同じだ。 30年の歳月が流れた今でも、中小企業には、東大門には、デパートには時間とお金を交換して一日を乗り切る若者たちがいる。 彼らが私たちの明日であり希望だ。

「台風商事」はIMFを背景にしたドラマだ。 しかし、絶望や悲しみを語るドラマではない。 むしろ希望と愛について話す。 私たちの主人公が悲劇的な瞬間でも小さなロマンを捜し出すように、視聴者の方々の疲れた一日の終わりで「台風商事」が小さな休息になってほしい。

============================================================