こうだと信じようとした瞬間、その反対意見が出る件について | じゃじゃ馬ならし

じゃじゃ馬ならし

京都在住、三児の母。
パンと発酵の教室 パンころをしています。
Rハンドリーディングメソッド講師です。

興味の範囲が広すぎて散らかり放題な私が気になることをご報告✋

「○○は、○○です!」

 

と言われると、反射神経的にそうでない事例を探そうとする性分です。

これはくせでしょう・・・

 

でも、このクセがあるおかげで

パン作りのいろいろを知ることができました

「教科書にはこう書いてあるけど、ほんとなん?」

「パンの先生はこう言ったけど、たぶん誰かにそう言われただけやな」

 

 

ですが、これが人や自分に向けられると大変なんです

 

 

例:

「中庸が大事です」

 

中庸、中庸と言い続けているそれ自身は中庸ですかね?

 

 

自己矛盾をつきつけてしまいそうになりますのよ・・・

 

 

その処方箋は

 

言葉にした瞬間、それと違うものになって

言葉そのものの持つ力と、表現したかった何かそのものには必ずと言っていいほどずれがあって


だけど、言葉を重ねることでその何かを感じることができる

経験を重ねることでその何かを感じることができる

 

言葉の力

 

それは彫刻刀のようでもあり

日本刀のようでもあり

木の葉のようでもあり

 

どのハを使っているのか

私はそれを意識するほうが楽に生きられるかもしれない