「信頼」と「信用」を考える。 | ポンポコ通信

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開業税理士です。接していて気持ちのいいお客様と穏やかにお仕事してます☆法人・個人事業の決算申告代行、サポートが主なお仕事です。

検索で、いろいろ調べてみたのですが、人によって、正反対の意味合いに捉えているので、自分なりに考えたことを書いてみます。



「人として「信頼」できるけど、頼んだ仕事を期待通りにやってもらえるかは「信用」できない」



私が、「信頼」と「信用」から受けるニュアンスはこんな感じです。


とすれば、

「信頼」は、その人の人柄などのその人全体に対して好感をもてることで

「信用」は、仕事(のうちでも特定の業務)など、特定の物事に対するその人の能力や資質に対して期待すること

といえると思います。


また、「信用取引(金融取引など)」は、「人が他人を信頼することによって成り立つ取引」とされています。

たとえば、銀行がお金を貸すことについて、「借りた相手(他人)が、その借りたお金を返す」ということを信頼しているから、お金を貸し借りするという取引が成り立つ。(ってことだと思う)


そう考えると契約書を交わす取引は、契約書が「信用」を担保している、ともいえる。


なんだか、ややこしくなってきましたが、


「信用」はある特定の物事に対する期待、「信頼」は全体的な印象、なのかもしれません。


・・・

自分のことを考えてみる。


私は、人に対しては基本的に「信頼」していると思う。

どんなに、悪いとされている人でも、信頼できる部分はある=信頼できる、と思う。

しかし、自分の劣等感を(意識的か無意識かは問わず)他人を利用して(適切な言い方がわからなくて、すいません・・・)解消しようとすることが多い人(人に絡む、とか。(分不相応に)支配的になる、とか。)と、何かを一緒にする(たとえば仕事とか)ことは、イマの私には手にあまることも多い。・・・(その人の劣等感を刺激する特定の事柄に関しては)本音の話が通じない(できない)=話が通じていないので何をされるかわからないと感じる=信用できない、というのもあるかも。。。(そう感じてしまう自分のほうの問題か?)

(なんか、このあたりは、カウンセリングで言われる自己一致と関係ある気がする。劣等感とか自分が直面したくない感情にフタをして感じないようにしているカウンセラーは、なんか信用できないから、クライエントは本当のことを話せない、みたいな。)

だけど、そういう人たちが人間的に全く信頼できないと感じているかというと、そういうわけではない。




・・・


「信用」は、裏切られると思わないこと。

「信頼」は、裏切られても許せること。


というのもありました。



次は、自分に対する信頼や信用という観点から、「信頼」や「信用」を考えてみようかな。



思った以上に、深い(というか、ややこしい)話になりそうだ。。。



【追記】

①「期待していることが何かを、(思い込まないで(決め付けないで))聞いてくれる」

②「(その仕事に対して)、ベストを尽くしてくれる(そういう姿勢を感じられる)」

私が、(その人のその仕事を)信用できると思うのは、この両方が満たされていると感じられるときかもしれない。


そうであれば、たとえ、その人に期待したことが期待通りにならなくても(よほどの事情があったのだろうと察して)仕方がないだろう、と思える。


ん。ということは、信用じゃなくて、信頼なのかな?・・・なんか、わからなくなってきた・・・。