「無になる」と「無にする」の違い | ポンポコ通信

ポンポコ通信

開業税理士です。接していて気持ちのいいお客様と穏やかにお仕事してます☆法人・個人事業の決算申告代行、サポートが主なお仕事です。

「ベストを尽くす」話の続き。


ある物事や相手の人に対して

「ベストを尽くす」ことが

極まったら


「対象と一体になる」

という境地になるのではないか


と、思ったわけです。


で、この「対象と一体になりきる」

というのは

TACの社長さんが

公認会計士試験を受験したときに

求めた境地であると言う話を

どこかで読んだことがあるな~と。

(たぶん『TAC NEWS』(受講生に配られる冊子)です)


そこに至れば、合格するわけです。


それは

「無我夢中」という境地であり

自分が無になっている状態なのでは

ないでしょうか。


と、ここまで考えて


カウンセラー講座で教えられた

「自分の意見を押し付けてはいけない」

「しかし、ただ相槌を打つだけなのは、カウンセラーとしての関わり方ではない」

ということについて

ちょっとわかった気がしたので

メモです。



「自分が無になる」

「自分を無にする」

というのは

違うものだな、と。


「自分が無になる」は、

ベストを尽くすことを心がけていれば

自然になるもので

(無我夢中な状態)


「自分を無にする」は

自分の気配を消すというか

相手の邪魔にならないように存在する

といった

ちょっと作為的な感じがします。

(作為的・・・つまり不自然)


カウンセラーとしての関わり方は


○「自分が無になる」・・・相手と一体になる。

(ただし、振り回されてはいけない。)



×「自分を無にする」・・・相手の邪魔にならないようにする。


ということなのでは、ないかと。



ま、とりあえず今のところ、こんな感じかな、と。


講座が終わる頃には

「あの頃の私は、青かった~」とか

思っちゃうのかな~。

それくらい成長してたいですね~。