「不幸」について最近考えていたこと
最近、ある人がある人のことを「不幸だ」と言っていた。それから何となく考えていたんだけど。本当の意味で不幸な人っているのかな?誰かのことを「不幸」だとしているのは、世の中の常識とか一般社会通念とか自分や誰かの価値観じゃないのかな。誰かの経験している「不幸」も、見方を変えれば 「あるひとつの経験」。そこにどんな意味づけをするのかが人によって変わってくるだけ。だから、周りが変にジャッジするのは違うよなと思うし、なるべくフラットな見方ができる自分でありたいと思っている。そのためにはわたし自身が握りしめている価値観とか、これまでにもだいぶ手放 してきたけど、これからもどんどん手放していこうと決めたのでした。