学生の頃、冬休みに、友達の家を泊まり歩きながら関西を旅行したことがあります。これは、その時の話です。

 私はその日、石川県の能登半島の友達を尋ねました。その家は古民家風の大きなお屋敷でした。

 友人をはじめ家族の皆さんが大歓迎してくださり、私はとても幸せな気持ちでしたが、一つだけ気になることがありました。それは、その家の鏡がすべてかくされていたことです。トイレの鏡はとりはずされてありませんでした。洗面台の鏡は段ボールとガムテープでふたをしてありました。化粧台の3面鏡はカーテンのような分厚い大きな布でおおわれ、お風呂場の鏡には白いペンキのようなものが塗ってあるのです。

 私はそのわけを友達に問いただしました。はじめのうちはいろいろとはぐらかしていた友達も、私があまりしつこいのでとうとう根負けしたようです。聞かなければよかったと、私は後で後悔したのですが、今からするのは、その友達の話です。

 

 何年か前、「夜中の2時に全身が映る鏡の前で自分を見つめ、『お前は誰だ』と3回唱えると別の人格になれる。」という都市伝説がはやったの覚えてる? うちのお姉ちゃんがさ、それを合せ鏡でやったんだよ。合せ鏡って、わかるかなあ、ほら2枚の鏡を向かい合わせてその真ん中に立つと、鏡に映った自分が向かいの鏡に映って、それがまた向かいの鏡に映って・・・って無限に自分が映るんだ。その状態でお姉ちゃんは、『お前は誰だ』をやったんだ。

 それから、お姉ちゃんがちょっとおかしくなっちゃってね。誰にも言わないでよ。ほら、過食症っていうの?食べても食べてもおなかがすくらしくて食べ続けるんだ。どんぶりに山盛りのご飯をついでマヨネーズとしょうゆをかけて食べ続けたり・・・・さすがにお母さんにおこられてひかえるようになったけど、今度は夜中に隠れて食べるようになったんだ。

 ある夜、僕が夜中にトイレに起きたら台所で音がしていてね、そおっとのぞくとお姉ちゃんがキャベツをまるのままかじっているんだ。「バリッ、バリッ」て。そして、もう一方の手には生肉持ってね。「ニチャ、ニチャッ」って食べているんだ。髪振り乱して「バリッ、バリッ。ニチャニチャッ」 。僕は思わず後ずさった時にいすにぶつかっちゃって・・・・。その時のお姉ちゃん、グウッとこっちをにらんで「おまえ・・・みたな!」(みたな!  のところで大きな声で脅かします)

 

 誰にも言わないでって頼まれたけど、そんなことできっこないじゃん。お父さんに言ったら、お姉ちゃん、病院に入院することになっちゃたんだ。うん、1年ほどして、もうすっかり良くなってさ、退院して今君の隣の部屋にいるんだ。ほんと、もうすっかり普通なんだ。ただ、鏡だけはね。お姉ちゃんがすごくおびえるから隠してあるんだよ・・・・。

 

 私は2泊させてもらう予定を1泊に切り上げて、次の朝早くその家を後にしたのです。