あるタクシー運転手の奥さんが一人息子を残して死んだ。父親は夜遅くまで仕事なので困り果てていると、アパートの隣の部屋のおばあさんが、「夜9時までなら預かってあげる。」と言ってくれた。「わたしも一人暮らしだし、孫みたいなものだから・・・。」と言っておばあさんは笑った。
父親は午後4時から出勤する。子どもはおばあさんの部屋ですごす。夕食と風呂を済ませ、9時になるとおばあさんは子どもを部屋に戻し、寝かしつけて帰る。年寄りなので9時にはおばあさんも床につくのだ。父親が帰宅する明け方まで、子どもは一人っきりだ。ときどき、夜中に起きては父親の名前を呼んで泣いている声が聞こえた。
ところがある日のこと、泣き声ではなく笑い声が聞こえた。何か楽しそうに話をしている。「今日は父親が早く帰ってきたのかな?」と思ったが、それが毎晩続くようになった。おばあさんが「このごろ早く帰れるようになったんだね。よかったね。」というと、父親は不思議そうな顔をした。「帰りはいつも明け方だ。」という。
それじゃあ、誰と話しているんだろう? 子どもに聞いてみると 「おかあさんだよ。」という。「ぼくが夜さみしくて泣いていると、おかあさんが遊んでくれるんだ。毎晩、そこのガス台の下から這って出てくるんだよ。」 そう言って台所を指差した。
父親はいろいろと考え迷ったが、結局仕事を昼間に変え、それ以来母親は子どもの前に現れなくなったという。これが良かったのか悪かったのか今だに判断がつかないという。