劣等感…と向き合う。




他人の何かを羨ましいと思う
自分には無いもの(無いと思い込んでいるもの)



その他人の何かは外側の要素で…

それがあれば、すごい!!羨ましい。
似た物が欲しい…


無い…

私には無い…

私は出来ない…


そうして、
勝手に自分にレッテルを貼った。




だけど、

本当に欲しかったのは、

ソレが手に入ったら⁇


私はね
"自信"が手に入ると思っていた。




自信が無かった。

自信が無いままで存在することがいやだった。

自信が無いことを隠したかった。





あーそうか。

欲しかったのは自信か。


自信がないのか。

そう気付いてホッとした。



そして…

私は

比較しやすくて、
出来てないって感じやすくて、

そうゆう性質がある。

ってことを認めた。。。



自信が無いのがベースなのか。

もう、それが私なのだから仕方ない…



そう思ったら、


視点が変わった。



『自信が無いままで存在しよう。』


 
自信が無いまま存在することが嫌だ苦しい。

だから

自信を持とう。

じゃなくて
  

自信が無いままで
劣等感を感じたままで


いつだって、

そのまんまで存在しよう。





そしたら…

なんだか、どーでも良くなった。

劣等感を隠すための緊張が要らなくなった…
自信を持つために張っていた気が要らなくなった…



比較の意識が薄れた。


そして…

ただ、やりたいことがあることに気づいた。


それは、

例えば

他人からお前には無理だよ。
世界からお前には出来ないよ。

と言われても

やりたいと思ってしまう。

そんなシンプルな私の中の意志。


火だ🔥





劣等感の中にいれば、

言い訳をして


外側ばかりみて…
自分を可哀想な被害者に出来る

自信の無い言い訳を劣等感の中にみつけられる。

だけど

内側を覗いたら… 

誰でもない『私』がいた。


 


劣等感は感じるんだ。

だってもれなく、

人に出逢えば…
その人の良いところ、凄いところをみて
羨ましいと思ってしまう。


私はそうなのだ。
それが私なのだ。

いいじゃないか…それで。



そうやって劣等感を許した。 


劣等感という存在を私の中に隠さず存在させた。


そうしたら…

羨ましいと思ったソレは…ただただその人の魅力として映ったんだ。
 

比較するってなんだったのだろう…

みんな違う個人として存在してるのに…



……


自分の中の…

隠したかった感情に気付いて、
目を合わせ、
受け入れたら…

あれ⁇幻想の中に生きてたのかな⁇

ってくらい自分の感覚が変わる。


私たちは、
思い込みの幻想の中でもがいてるだけなのかもしれないね。



必死に隠してきた自分を知ることは、

一時…とても怖くて苦しくて、恐怖だけど。

認めてしまえば…

ただただ私の一部。


エネルギーがスコーンって通る様な…

私がクリアになる。



そんな気付き。


puna💞