ケアニン

あなたでよかった


認知症は、本人も、家族も辛い病気だ。


大切な人が、

できていたことができなくなっていくことを自分でわかっていて

落ち込んでいくところを見たり、

しっかりしていた親が、自分のことを忘れていくのを

「しかたない」って簡単に受け入れられるものではない。


本人の前では気丈に振舞っていても、

悲しくなったり辛くなったり落ち込んだり。

怒ってしまって反省したり。


そんなことを繰り返しながら、

少しずつ、変わっていく関係に慣れていく、

受け入れていくのかもしれない。


私たちは、小さい子どもが育ち、手を離れていくのを知っている。

過ぎてから、あの時は2度と帰ってこないのだと思い知らされたりする。


私たちは、人は誰でも必ず死ぬことを知っている。

でも、身近な人の「その時」は、来ないか、ずっと先だと思っている。

だから、ちょっとしたことでイライラしたり、

怒りをぶつけてしまったりして、

「その時」がそんなに遠くない未来に迫ってきたことに

気づいた時に、

もっとあれをしておけばよかった、と思うものだ。

残された時間が短いとわかった時に、

その人との時間がいかに大切な、貴重なものだったかに気づく。


今、元気なうちの1秒も、

「その時」が見えてきた時の1秒も、

同じ1秒。


介護やスピリチュアルケアは、

家族には難しいと言われている。

それは、家族もケアされる側だから。


何十年も一緒に過ごした人に、顔も名前も忘れられて、

平気でいられる人なんていないと思う。


誰も悪くないのに、辛い人がたくさんになる。


そういう時は、信頼できる第三者の力を借りることも大切なんじゃないかな。


私たちは、変わっていく家族への対応方法を学ばない。


学んだとしても、

ひとりひとり違うから、マニュアル通りにはいかない。


いろんな思いをしながら、

その時自分にできる最善の対応をしていくしかないんだなと思う。


看取るとは、最後までその人らしく生きるのを手伝うこと。


という言葉がありました。


看取りの時だけではなく、いつも、

その人らしく生きるのを手伝える人でありたいなと思います。


いろんなことを感じ、考える映画でした。


ちなみに私は、ケアニンて、発音を完全に間違えていました。


ケアする人も、ケアされる人も、

お互いを大切に思っているから、

時にぶつかることもあるけれど、

少しでも想いが伝わるといいなと思っています。


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