傳香寺 全国筒井氏同族会(現在休止中)の会報について、創刊号~第24号まで、順にご紹介したいと思います。個人情報、および、それらに繋がりかねない情報等も多いため、目次に留めざるを得ないことをご了承お願い致します。


<同族会 会報 第4号>

・昭和64(1989)年1月1日付発行(奥付の記載)。

 ※なお、表紙は、昭和63(1988)年12月21日付になっており、この号のみ、奥付と表紙の日付が異なる。


<目次>

◆表紙:【版画写真】 筒井順慶法印 幻像版画(太田 古朴 氏 画)

◆P.1:

  ・「御挨拶」(役員一同)

  ・昭和64年度 行事予定

◆P.2:

  ・目次

  ・【新聞記事について】「奈良の伝香寺 同族結集のシンボルに 筒井一族供養五輪塔が完成」(昭和63(1988)年9月19日付 奈良新聞)

◆P.3:「同族会だより」

  ・筒井順慶法印四百五回忌法要および同族会親睦会(昭和63(1988)年9月11日)

       ・【集合写真】伝香寺本堂前

     ・大和郡山市の矢田寺での昼食会

     ・大和郡山城および筒井町にある南部公民館郷土資料室での順慶法印木像の見学

       ・【写真】大和郡山城天守閣

       ・【写真】大和郡山城追手門

◆P.4:「供養塔建立報告」

       ・【写真】開眼法要の様子

       ・【集合写真】供養塔の前にて

◆P.5:

・順慶法印四百五回忌法要ならびに第五回同族会総会出席者名簿

・会費振込先口座

・編集後記

◆P.6~30:『和州諸将軍伝』(遊客閑雲子増撰)(深水 雄三郎 氏、佐々木 猛 氏、西山 明彦 住職) 原形を崩さずに読みやすいように、内容を掲載。

 ※この『和州諸将軍伝』は、順慶公歿後百年以上を経て書かれたものなので、現在の資料より見ると不明確な部分もある。しかし史料が出現しない限り誤記があるとはいえ、欠落部分の大和戦国時代を知り、偲ぶ事のできるものである。前半は筒井氏一族の記述であり、筒井氏研究の一資料としてご一読をお勧めしたい。今回の投稿では目次に相当する目録のみ紹介致します。

  ・『和州諸将軍傳 巻三』

     [目録]

    ・南都東大寺、大佛殿炎上の事

    ・源ノ義榮征夷大将軍に補す 幷に早世の事

    ・源ノ義昭征夷大将軍に補せらる事

    ・筒井松永法隆寺並松合戦 幷に筒井方敗北 附たり筒井の城松永家に取らるる事

    ・片岡新介春利、使价を順慶に指越す事

    ・井土十郎太夫國秋龍市籠城の事

    ・飯田出羽守頼直父子龍市後詰の事

    ・筒井松永龍市合戦 幷に山田太郎順清討死の事

    ・松永父子敗北 幷に順慶筒井の城取還す事

    ・山田太郎追福の事

    ・筒井松永、信長卿の麾下に属す、両家和合の事

  ・『和州諸将軍傳 巻四』

     [目録]

    ・慈明寺藤松、筒井家の養子と成る事

    ・筒井、松永、飯田家相饗應の事

    ・長曾我部素性の事

    ・義昭公、信長卿と不快 幷に両度合戦の事

    ・義昭公没落 幷に中國へ安堵の事

    ・越前朝倉の素性 幷に義景自滅の事

    ・美濃斉藤の素性 幷に右衛門龍興没落の事

    ・近江浅井の素性 幷に長政父子自滅の事

    ・河内若江合戦 幷に三好義継自滅の事

    ・信長卿、東大寺蘭ぜい奢待を切らるる事

    ・順慶老母、傳香寺造立の事

    ・遊佐河内守信教自滅の事

◆P.31~39:同族会名簿

◆P.40:奥付


via 筒井氏同族研究会
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