海水が淡水化するまで中型のタンカーを岸壁に係留し、

一時的にタンカーに貯蔵。

継続して淡水を注入し、立坑の水が順次淡水化したら、

その立坑に原子炉内を循環するポンプを

接続して立坑通路を巨大な貯水池にする。

冷却用の復水器もその穴にホースぶっこんで冷却化。

順次建屋をコンクリで覆う作業を並行する。

フランス側ではそんなアイディアが出ているようだ。

どん詰まりと思った今朝の展開も

うまくいくかもしれない。

それでもこの先

気の遠くなる核との戦いが待っている。

は~、たまらないね。
緊急報告「福島原発で何が起きているのか」

をぜひみてください。

http://ustre.am/:UGoN


DAYs JAPANからの報告!


マグニチュード9.0というのは

東電の損害賠償を軽くするために

想定外の大きさを装った!

ほかにも実に

大変なことが進行中です。

日本国全体の問題です。

何十年後かに

果たして本当に日本は

残っているのだろうか?

今までの危機とは

全然違う!

感覚として感じる

ものが今までの

危機感と全然違うんだ。

だからなかなか気分も晴れない。

体の中心が

ずっと萎縮していて

なかなか

弛緩しない。

TVでも

頑張れにっぽん!

と連呼しているが

計り知れないことが

進行中。

だから外国人に各国緊急

帰国命令がでていた!

海外が騒ぎすぎ

というのではなく

日本の判断が甘すぎなのだ

と思うにいたってる。
残念ながら映画が

大好きだったのに

今はなかなかいく

気分になれません。

やはり原発の問題が

ずっと気になります。

地震や津波

と違って

じわじわと

長期にわたって

苦しめる要因に

感じられます。

日本は復活するとは思いますが、

今までの日本とは

同じにはいかない。

それほど深い試練

だと思う。


淡々と進めるつもりの仕事も

それほど淡々とは進みません。

少しづつ

エンジンかけていく

しかないですね。
今はきっと一人にならないことだ。

一人に孤立しないこと。

今回の震災で

一人では生きられないと

つくづく思った。

今大事なことは

人と人

心と心を繋ぐこと。

人と人とを繋ぐのに

一日一日を

心を込めて

生きていく。

人と人とが

繋がっていく先に

何かあると思う。

人と人とを

繋ぐために

ボクは仕事をしている。

クライアントも

視聴者も

関わるスタッフも

その場で繋がって

仕事をするから

幸せなんだと思う。

仕事も個人で完結する仕事は

やりたくない。

だからボクは作家

ではないんだと思う。

出来るだけ

お祭りになるような

仕事にしていきたい。

自分のやってきたこと

持っているものを

若い世代にどんどん

引き継いで生きたい。

ディレクターでも

プロデューサーでも

作画でも

ポジションは何でもいい。

自分が出来ることをやる。

そう思っていたけど

3月11日以降

ますます想いを強くした。
自粛とは

自分から進んで自分の言動を慎むこと。

不謹慎ということで

CMもほとんど見合わせ

そのためあいてしまった広告枠に

ACの広告ばかりが連呼・・・。

番組も自粛で

ニュース番組ばかりだったが

やっとアニメやお笑いが

流せるようになってきた。

どこまでが赦されて

どこから赦されないのか?

ブログもどこまで

書いてどこから書いてはいけないのか?

おそらく正解がないから

みんな迷いながら

恐る恐るボーダーラインを探っている。

やはり究極のことを突きつけられて

試されていると言う気がする。

何かを選択したら

何かは失う。

生きていくことは

毎日小さな選択の積み重ねだ。

あまりに平和だったから

一つ一つの選択にも

大きな責任は伴わなかったかもしれない。

でもこうなって

初めて一つ一つの小さな選択にも

大きな責任と決断を

試されているんだと思う。

時々刻々と時間が過ぎていく中で

数多くの選択肢の

集合が「今の自分」を形成してる。

「未来の自分」は

日記ひとつ書くか書かないかで

左右されることかもしれない。

だったらボクは書いてみるし、

「今日」を一つ一つ生きていく。

自粛、不謹慎で

思考停止状態が

一番よくないと思っている。

気持ちはなえていても

いつものように仕事をやっていく。

自分のやれること、やるべきこと

日常的な生活を、経済活動を

進めていくしかないんじゃないかな。