◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆自分を信じることについて◆◆◆◆◆◆◆◆◆

絵が少しだけうまい者と絵が

少しだけ下手な者がいるとしよう。

ほとんどどんぐりの背比べに近い能力の差しかない二人。

絵が少しだけうまい者はちょっとほめられても

うれしくなりもっと描いてそれがほめ

られてまたまたもっと描いてどんどんうまくなる。

自分で自分には才能があるんだと

いう妄想を抱く。

本当は才能無くても「自分はすごいんだ!」

と思って大きな勘違い人生を歩いていったと

してもそれだけとことんやっていったら形は違っても

何かで大成できるはずだと思う。

絵が少しだけ下手な者は誰にも何も言われないのに

「うまくかけないなあ・・」

「なんていわれるか怖いなあ・・・」

など考えることばかり多くなり手を動かす

ことも減り描きもしないで「ボクは才能が・・・」

などとどんどん描かなくなり

当然自分が自分で信じているとおり

絵がうまくなって行かない。

自分で自分の才能をつぶしていくものがほとんどだ。

この両者の違いをうまく引き出して

あげるのが講師の役目だとは思うが、

どんなにいいことを教えても本人が自分で

勝ち取っていかなければならない基本的な

ことがあるはずだと思う。

アニメータに限らず仕事をしていると

今までにないことを

「どう判断してどう描けばいいのだろう?」

と迷うことが多い。

そんな場面をクリアしていく方法の違いが

その人の特徴になったりする。

だからフリーで食っていけるんである。

ホントは技術的なことより

自分で考えて自分で観察して、

自分で失敗していく・・・

そんな繰り返しの中

から何かを学んでほしいと思う。

こういう知恵のことを暗黙知という。

これは伝えられるものではなく、

やはり自分で掴み取っていくものなのである。

師匠が弟子に何も教えずに「技を盗め!」

ということは実は教えて教えられるものではなく、

教えられないからこそそうせざるを

得ない知恵の伝承のためだそうだ。

本当に大事なことを伝えることは難しい、

弟子本人にその気が無ければ。



いまの「若者たち」とかかわってとても気になることは

どこか自分自身を信じてあげられなくて

最後までとことん自分と付き合うことを

途中であきらめてしまうものが多いいと感じる。

一生自分とは付き合い続けなければならない。

だったら絵を描くことでも、

音楽をやることでも

ほんきで「とことん・・・・」

やったら何かつかめるはずなんだけど。

そこが教育の

難しいところなのかもしれないが・・・・。