森に迷ったとき旅人は、あちらに行き、こちらに行きして、
ぐるぐるさ迷い歩いてはならないし、
まして1箇所にとどまってもいけない。

いつも同じ方向に向かってできるだけまっすぐ歩き、
たとえ最初おそらくただ偶然にこの方角を
選ぼうと決めたとしても、たいした理由もなしに
その方向を変えてはならない。

というのは、このやり方で、望むところへ正確には
行き着かなくても、とにかく最後にはどこかへ
行き着くだろうし、そのほうが森にいるよりは
たぶんましだろうからだ。

「方法序説」デカルトより
*************************




とても大雑把な質問をしてしまいました(笑)
デカルトは上記のように言っています。
結局いろいろな考え方があると思います。
もしかしたら人によっては違うかもしれません。

心理学テストのようなものではなく創作するときの
必ず通る道の途中には森があるということなのです。
つまり創作するときには始めアイディアの思い付きから
始まり進んでいきます。
卒制でも同じですが進んでいくうちに
いろいろな迷いが出てきます。
「このまま進んでいいのだろうか?」
「もしかしたら右の道にいった方がよかったんじゃないか?」
「いや左のほうだったかも・・」
「もっと近道があったんじゃないか?」
それは創作する上ではある時期自分のことが
なかなか信じられず考え迷って
手が動かなくなる時期があります。
それが森に迷うということです。

昨年「Organic」を制作しているときには
やはり途中でいろいろな迷いが出て気持ちの中で紆余曲折
あって最後は自分を信じて進むしかなかったという経験済みです。
「NHKみんなのうた」を制作するときにも
うたによって違いましたが、
コンテとイメージボードの時にはああでもない、こうでもないと
さんざんうたを聞き返して愚鈍に机に向かって手を動かしていました。
締め切りもありさんざん悩んで胃の痛くなるようなことも
ある瞬間霧が晴れるように
すべてが完璧な形でそこにあったかのような
ストーリー展開のコンテが出来上がることが多々あります。
ある瞬間で胃が痛くなるような地獄から
天国に変わる瞬間があるんです。

スランプもこれに似ています。
ここに陥ったときにどう抜け出すか?
それがこの質問の意味です。
作品をすでに何作も作っている人には
おそらく共感していただけると思うのですが・・・。



これからの行動に自信を持って進むために出来るだけ
智恵を出し尽くして自分で納得するために努力し、
少しでも後悔のないように準備するということがあり、
それから歩き始めると思います。
その後は上記のようにデカルトの言っていることが
生きてくるのだと思います。
きっと創作しているときにそのような行動を
しているんじゃないでしょうか?

創作するときの迷いは(特に学生がよく手が止まる)
この迷った森に似ている。
始めの企画をどんどん変えていってしまうことも
結局壁を乗り越えずについつい避けてしまう。
スランプも周りの情報(ネット、雑誌、TVその他)
に振り回されてつい始めの自分の想いがなあなあになって
いつまでも抜け出せなくなる。
「キャラクターもっとかわいいほうがよかったか?」
「このままやって何の意味があるのか?」
「出来上がっても誰も評価してくれないんじゃないか?」
「もっと簡単な方法があるんじゃないか?」
いろいろ考えるんだが、そんな考えや想いは
創作するときには邪魔なだけ。
そして孤独に打ち勝たないと進めないもんだ。
情報の遮断が必要です。


ただただまっすぐ進むこと。
最後まで行けばどんな結果にしろ次に進む方向がわかる。
考えるということは大体がよいほうに考えないし、
マイナス的なことや迷うということに近い。
完成までさせて人に見せて初めて
森を抜けるということなんだ。
それが満足のいかないゴールだったとしても
次にはまた自分で別の違う方向を目指すことも可能だ。
人はやめる理由はいくらでも考えるが、
続ける理由は考えないモンです。


創作するということはそうとう覚悟を決めて準備をしたら
後は愚鈍にまっすぐ進むしかないんだ。

と、ボクは思っている。
答えにならなかったらゴメン(笑)


<参考>
「Organic」
http://www.youtube.com/user/pon708?feature=mhum#p/a/u/0/IaWhTJhvqlk

NHKみんなのうた「会いに行くの」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm10432998