インコ
Bluemarkがやってる「インコ」というカフェが気になってたから、
出掛けついでに行ってきた。
しかも、一人でサングリア頼んじゃったよ。
おいしそうだったんだもんさ。
サングリア片手にノートを読み返してたら
(普段、物覚えも、物忘れもひどいからメモをとるようにしてるのです。)
古いメモから、トルーマン・カポーティの言葉が出てきた。
あらゆる物事の中で1番悲しいのは、
個人のコトなんかおかまいなしに世界が動いていることだ。
もし誰かが、恋人と別れたら
世界は彼のために動くのを止めるべきだ!
なんか、ぐっと来ません?
周りからしたら大したことない事ってたくさんあるけどさ。
人って感情があるからさ、
やっぱそこに支配されてる部分っておっきいんだよね。
他人が計るコップ一杯程度の辛さを
その人が、
この世の終わりだー!って両手広げても足りない辛さと感じてたらさ、
やっぱ、それは抱えきれないことで、
一緒に嘆くべきことなんだよ・・・(?)
それとも、
それはコップ一杯程度のものなんですよー。
って教えてあげた方がいいの・・・?
わかんないけど、
私は、一緒に世界の終わりを感じてあげてもいいんでない。
と思ったりするんだな。
だから、合わせてばっかのいいかげんって言われるのだろうかね・・・
